5.エシェルと仁一(キミカズ)

伏見仁一(ふしみきみかず)。

旧宮家の系譜にして、現在陰陽師を取り仕切る「清明」を名乗る者。


ごろごろごろごろごろ


少し色素の薄い髪を無造作に後ろでまとめた彼は


ごろごろごろごろごろ


その日、日がな一日フランス大使館のソファで過ごしている。


「……さすがに、正体がばれた後ではソファでだらけてられないんじゃなかったのか?」

「それは秋葉や忍がいるときの話ー」

「せめて他の部屋でやってくれないか」


フランス大使エシェル・シエークルの執務室。

仕事が全くないわけでもないそのデスクの前で、そんな光景が繰り広げられ続けているとさすがに集中できない。


「他の部屋だと、寂しいだろ?」


中身、そのままキミカズだ。

「清明」あるいは「伏見仁一」としての振舞いとは明らかに違う、ここに来るたびにだらだらごろごろ好き勝手していた「キミカズ」がそこにいる。


「……」

「何、その顔。何か言いたいことがあるなら言っていいよ?」

「言いたいことがありすぎて、何から言っていいのやら」


ため息をついて書類に目を戻す。

ペンを走らせるその姿を、今度はキミカズがソファに頬杖をついたまま眺めている。


「僕だってやることはたくさんあるんだよ? でもなかなか解決しなくてさぁ」

「『要石』の件か?」

「そうだね、って、これトップシークレットなんだけど」


清明の本音でついふってしまい、エシェルがいきなり核心をつく。

と言っても、それが結界にかかわっていることも割れたこともすでに、エシェルは知っているので何を隠す意味もないとキミカズは知っている。


かといって、それ以上を話すつもりも、聞くつもりも互いになく。


「『キミカズ』しか知らなかったのはエシェルだけだからさー ここ来ると、落ち着くんだよ」


横向きから腹ばいになってキミカズは重ねた両腕の上に顔を乗せる。


「素で一人になれる場所って、意外とないし」

「一人になりたかったら他の部屋を提供する」

「うーん、他の部屋は何の気配もなさすぎて逆に落ち着かないっていうか」


わがままだ。


「まだ昼だし、庭でも散歩してきたらどうだ?」

「なんか追い払おうとしてない?」

「わかるなら早く行ってくれ」


こんなやりとりも、キミカズが「誰なのか」が分かる前からそのままだ。


「君は……」


ふと、エシェルは問いかけた。


「僕が何者かを知っても、何も聞かないのか?」

「何か聞いてほしいの? オレも話した方がいい?」

「別に興味はない」

「……」


ざっくりすぎる答えに思わず黙るキミカズ。

キミカズがエシェルに何も聞かないのは、聞く必要がないからなのだが、興味がないと返されると複雑だ。

しかし、一人称がブレているのは関係ない方向性で地味に気になる。


「もしかしたら、僕が要石について何かを知っているかもしれないぞ?」

「……ないな。いくらエシェルでも中枢部にあるアレは見えないはずだ。ってか、そういう興味なさそう」

「それは当たりだな」


興味というか、それこそ必要性の問題なのだが、性格は見抜いている模様。

エシェルはそういう役を受けていないし、首を突っ込むほどではない。


「オレ頭休めに来たんだよ。ちょっと休ませて」


そしてまたごろごろし始めるキミカズ。


「……君のその姿、動画にとって秋葉たちに送ろうか」

「やめて。さらし者にする気?」

「さらし者になるようなことはしなければいいだろう」


正論なのだが。


「そろそろ時間だから、君が行かないなら僕は散歩してくるけど」

「エシェルって散歩に出る時間まで決めてるわけ」


几帳面だな~とソファから見上げる。

かれこれ1時間以上、起き上がる気配すらない。


「僕が決めてるわけじゃない。理由、気配で分からないか?」

「……」


これは「清明」として言っている。

言われて、当然のようにキミカズは何かを探るようにじっと黙り込んだ。


「あーわんこ来てるのか」

「わんこって……君が管理していた霊獣じゃないのか」


不知火が顔を見せる時間なのだ。

エシェルの正体を司が知った以上、来ないかと思いきや、どうも主人たちと同じく何か変わる様子もない。

監視されているかどうかなど、エシェルにわからない訳はなかった。


「管理なんてしてないよー? 誰に着くかは彼らの自由意志だし。不知火は忠実で触り心地も癒し系だよね」

「……まぁ、ふつうの人間からしたら相当大きいから癒しになるか謎だが」

「司と森がちゃんと手入れしてるから、毛並みもすごくいいし」

「……」


そもそも霊獣にグルーミングが必要なのか愚問だが、コミュニケーションとしては有効なのだろう。

神魔にせよ霊獣にせよ、おそらく愛着というのは何かにつけて湧くものだ。

愛着を持たれているのは多分に、不知火の方のようだが。


「何? ひょっとしてエシェルも手入れしてた?」

「いや、僕は……」

「そーかそーか。じゃ、オレも行く」


どうしてそうなるのか。

そしてキミカズは、だらだらをやめて部屋から出た。


珍しく率先して一歩を踏み出して。



日差しが暖かくなってきた今日この頃。

静かな大使館の日常は、なぜだかまだ変わる様子もないようだった。

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