拉致。その時忍は(後編)

地上。


「どうして閣下が……」

「それよりオロバスさん、ちょっと下ろして」


抱えられたまま、忍。

通りは広いが裏通りなのか、人通りは少なく注目はまだ浴びていない。ので、早くおりたい。


「あ、ごめん! そうだった。シノブが召喚主だったんだった。ついアスタロト様のいうことを聞いちゃって……」

「いや、それはいいんだけどね? あの悪魔は? 七十二柱じゃないっぽい」

「あれは……」


ドン!!


つんざくような音が地下から聞こえた。それから同時に一度だけ空気を震わす感覚も届く。

少し遅れて漂ってきたのはオイルが漏れるようなにおいだ。


「アスタロトさん……何をして……」


なんとなく予想は出来たが、煙が薄くあがってきたのでさすがに通報のために電話を手に取る。さっきの音だと、大爆発はしていないから引火して二度目の大破が起こらない内に司にでも連絡を取っておいた方がいいだろう。


そして、連絡中に付近を通りかかった黒制服の一般警察が気づいて寄ってきたので、特殊部隊に繋ぎを取ってもらうように対応を頼む。

ここにいれば、顔見知りの誰かが来る。踏み入る前に事情を話せばいい。

踏み入った直後に爆発が起こっても困るし。


黒服の警官はすぐに無線で連絡を取り、近くにいたらしい他の警官たちも駆けつけあっという間に入り口は封鎖された。煙も大分流れ出てき始めている。

続いて特殊部隊の知らない人。

消火活動のために、消防車もやってきた。……随分大げさになってきている。


「知ってる人が来ない……」

「閣下、大丈夫かなぁ」

「むしろ犯人の人たち死んでないだろうか」


二度目の爆発はその間に起こっていた。たぶん、漏れた燃料に引火して大破、という結末だろう。一度目はどうやってあの爆音がしたのかわからないが。


特殊部隊の人たちは臆することなく突入し、一時静まっていた喧騒は消火活動に振り分けられているようだ。


「死んでないと思うよ。閣下がそんな下手を打つはずないし」

「そっか。死人が出たら悪目立ちするもんね。……なんか事情聴取受けてる感じがするし」

「知ってる人が来たら、大丈夫なんだよね」

「多分」


その後、浅井がやってきた。司にも話はすでに行っていてまもなくここに来るという。

これ幸いとアスタロトのことを融通利かせてくれるように頼むと、話を聞くと言ってくれ浅井は地下へ向かっていった。仕事に対して誠実だが、対応は割と柔軟なので一安心だ。


「そういえば、オロバスさん話し方変わったね」

「あ、そうだ。ごめん、君ちいさいからつい敬語……」


私が小さいって言うか、あなたが巨大。

人間の女性でいったらごく平均的な身長であろう忍はちょっと遠い目になる。


「敬語要らない。私も使ってないし。何だか、こっちの方が楽しい感じ」

「楽しい? ぼくと話すのが?」


この状況で楽しいというのはミスチョイスな気もするが、楽は楽なので敢えて訂正もしない。オロバスはなぜだか目を白黒させながら復唱したが、それから「本当に?」と聞いてきた。


「神魔のヒトは好きだよ。知らないことたくさん教えてくれるし、個性的で飽きない」

「……そんなこと言われたの、初めてだよ……!」


何やら感動している。そういえば友だちが欲しいのにできない系のヒトだった。日本に遊びに来て、ビバ日本人、みたいになっててもまだ一人も友だち出来ていないのかと、若干不憫になって来る。


「オロバスさんいい人だから、他の神魔のヒトより早く日本人になじめると思うんだけど」

「そんなこと……!」


さすが貴族というべきか、知識はともかく日本語も堪能だ。


「とにかくありがとう。いてくれて助かった」

「ありがとうだなんて……」


うっ、と泣きそうになっている。ちょっと待って。


「感無量になるのはこっちも有難いけど、私はこれが普通だから。何かお礼、しないとね?」

「お礼?」

「希望ある? また観光案内とかかな」


それも初めての提案なのだろう。悪魔が呼び出されてお礼とか、確かに普通ではないのかもしれない。あくまでお願いする立場にある気がするので忍からすると当然の感覚なのだが。


オロバスは黙ってそれこそ真剣に考えている。……希望が多すぎるんだろうか。

そう思っていると、ふいに意を決したように顔を上げた。

下げていても忍より高い位置に顔はあったわけだが。


「じゃあ……! ……さん付けやめてくれないかな」

「……」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど」


ささやかすぎてこっちが泣けてくる。


「魔界の貴族にタメ口、呼び捨てとかいいんだろうか」

「秋葉クンとダンタリオン閣下はそうだよね。友だちみたいでちょっと羨ましかったんだ」


友だちみたいで羨ましい。

本人たちに聞かせたいが、二人揃って全力否定するのは目に見えているので機会があったらということにする。秋葉にクン付けされたことに妙な違和感とほのぼの感を覚えつつ。


「友だちかぁ…そういえば私も神魔のヒトって知り合い多いけど友達っていないかな?」


大体、人間を文字通り凌駕しているので敬意の対象であり、友だちという感じではない。


「じゃあじゃあ」


言われそうなことは予想がついた。


「友だちになってよ!」


孤独だった魔界の悪魔の、はじめての友だち……自分でいいんだろうかとは思う。

友だちはなろうと思ってなるものではない。

だから、なれると思ったらそれでいいのではなかろうか。



そんなふうに思う忍の返事は、多くの中から選ぶほどのものでもなかった。



それから。

本当に少し遅れて。


……駆けつけてくれた秋葉と司。そしてダンタリオンになぜか忍は、怒られることになる。


「何もしてないのに……」

「しただろ。召喚」

「しなかったら危なかったかもしれないのに……」

「アスタロトさんが来てなったら、もっと危ないことになっていたかもしれない」


そんな会話も交わされたとかそうでないとか。

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