拉致。その時忍は(中編)
「……ひっ!」
屈強な男たちが搬入口を固めていたが、オロバスの姿を見てひきつったような悲鳴を上げた。当然だろう。二足歩行でトレーラーの天井ギリギリの高さくらいの神魔がいきなり白い息を吐いて暗い荷台の奥で息づいているのだ。
しかも大きなタイヤの分、高いので彼らからは無駄にあおり視点となる。きっと、余計怖い。
「くそっ! デバイスは抜いたはずなのに……」
「?」
デバイスははじめから持っていませんでしたが、なんのことでしょうか。
忍はなけなしの荷物が取り上げられていたことには気づいていなかった。
なぜなら大体、手ぶらであることが多いから。
そういえば、出がけに手にしたケースに記録用のデバイス入ってたっけ。
彼らはおそらく荷物だけ取ってそこにあれば放置、なければ人目のないところで止めてすぐに身体検査でもするつもりだったのであろう。拉致、誘拐は素早さが肝心と身をもって知った側としては、そこはわからないでもない。
が、何か勘違いはしていたらしい。
まぁいいや。
「あなたたち、どうして私を攫ったりしたんですか」
とりあえず、分かってることから聞いてみる。いきなり本題に入れないところは日本人あるあるだ。
「う、動くな!」
揃いも揃って銃を突き付けられた。このご時世なので、銃刀法はとっくに改正されていて、護身用に持つことは禁じられていない。
人をさらった時点で犯罪だが、全員が銃を持っているとみていいだろう。
「……撃ったら、後ろの悪魔があなたたちを殺しておあいこで終了だと思うんですが」
「……お前は死にたくなかったら、その悪魔を黙らせろ」
そう来るか。交渉術に長けてない人間なら大抵、自分の身が危険と判断すればブレてくれるが、どうも場数を踏んでいそうな人間がいる。やっぱりプロっぽい。
さすがに死にたくないので、どうしたものかと思っていると「出ろ」と促される。とりあえず、大人しく従う。
「悪魔はそのままだ」
「……」
しゃべると威圧感がなくなりそうなので、できるだけ黙っていてもらう作戦。振り返って見ると、暗闇に白い息を吐いて瞳をらんらんと光らせる様は、けっこう怖い。
「手を挙げろ」
何か、お決まりのことを言われてしまう。もっともこちらも銃は携帯しているので、それを使わせない意味でもふつうか。
「他にもデバイスがないか、探せ」
まさかの身体検査。嫌だ。さすがにそう思ったその時だった。
「その子はお目当てのものは持ってないよ」
頭上から降る声。地下空間にそれが僅かに響いて聞こえる。
「! 誰だ!!」
「ア……」
言いかけて自ら口をつぐむのと、彼が口元に自分の人差し指をあてがったのはほぼ同時。トレーラーの上に腰を掛けて、こちらを見下ろしていたのはアスタロトだった。
隙をついて意外な素早さで、荷台から出てきたオロバスが忍をかっさらって男たちの輪の外に躍り出た。
「くそっ」
「逃がすな!」
チュイン、と勢いで放たれた銃が鉄のパイプを掠める音。サイレンサーがついているのか、射撃音は響くほどはしない。それが逆に「撃たれた」という感じがなくて怖い。
だが、その多くは間に立ったオロバスの背に当たってぱらぱらと落ちただけだった。
「……」
逃げるそぶりはない。距離がとれたから、問題ないだろうとは思うが思案の間はなく、アスタロトの方が声をかけた。
「逃げる? 必要ないだろ。アクマの方が人間より強いんだから」
「!」
今度はそちらに銃が向けられ、発砲。外れる軌道は見えているのかアスタロトはそれを避けはしなかった。
むしろ微動だにせず口の端を吊り上げて笑みを浮かべた様に、見上げていた男が耐えかねたように舌打ちして声を張り上げた。
「てめぇも悪魔か!」
「さぁ? どう見える?」
そして取り出したもの。
それは忍が預けていた召喚のためのデバイスだ。
「とりあえず、召喚が使えるのは彼女一人じゃないってこと」
片手でそれを操作すると途端に男たちの周囲を囲うように悪魔が現れた。が、七十二柱ではない。
全てを知るわけではないので「七十二柱には見えない」が正しいのか。合成獣(キマイラ)のような姿をしたものが複数いるので、おそらくそうには違いなさそうだが。
逆に包囲された男たちは無差別に発砲を始めたが、獣の吠え声にすでに悲鳴が取って代わっている。
「オロバス、忍を連れて地上へ。入り口で待っててくれるかい?」
「閣下はどうされるんですか」
「少し灸を据えてから行くよ」
悪魔たちは本気で男たちを殺す気はなさそうだったが、忍とオロバスの前にアスタロトが降りてそう言葉を交わしたことも聞こえていないようだ。
「灸って、あの悪魔は……」
「後でね、シノブ。行くよ」
疑問は中途で、オロバスは片手で忍を抱えると風のようにその場を後にする。
それを見送ったアスタロト。
「さて、どうしようか。君たちを殺すのは簡単だけど、それをやるとボクが警察に捕まっちゃうね」
そして彼は、うっすらと。まるで悪魔のような微笑みを浮かべた。
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