大使館でお泊り会(5)-怪異と怪談
駆けだそうとしたその瞬間。
茂みから、影が飛び出してきた。同時に二つだ。
「うわぁぁ!」
思わずオレは頭を押さえてしゃがみ込む。
精いっぱいの回避行動だ。
しかし、それは間違いではなかったらしい。
前方の茂みから現れた大きな影は、そのまま夜闇の中空で、小物にくらいつくと反対側の茂みに飛び込んだ。
飛び込んだ、というのは間違いだったかもしれない。
勢いで、そちらに着地したといった方が正しかったのだろう。
獣と、何体かの小物が争う音がした。
それも数瞬だった。
しん、と静まり返る庭園。
ガサリ。
荒れた草を踏む音。
「秋葉! 無事か!?」
「司さん!」
それとは別に、背後の茂みをかき分けて現れたのは司さんと忍だった。
「え、じゃあ今の……」
再び前を向く。
影が飛び込んでいった方。
ひょこりと、茂みを揺らして顔を出したのは、不知火だった。
「…………ホントに、不知火がいた」
「うん……まぁ、そういうことらしい」
どういうことなのか、いつもの勢いで訊く気力が、今のオレにはない。
忍が辺りの様子を見て、大体何があったか察しているようだ。
「秋葉、襲われたんだ。一体は銃跡……秋葉が、銃を使ったところ、初めて見た……!」
「そこは感心しなくていいんだ……」
そりゃ、命の危険が迫れば、オレだってそれくらいは頑張るよ。
「良かったね、当たって」
完全に同意。
「でも、なんで不知火が……助けれくれた?」
そうして見ると、不知火は近寄ってきて、すん、と鼻先を軽く腕につけてきた。
挨拶のつもりだったのか、そのまま司さんの方へ移動して、司さんの顔を見上げる。
司さんは、その頭を撫でた。そして、手はそのままオレを見て、教えてくれる。
「この庭園には、土着タイプの悪魔が入り込んでいるようだ。不知火はそれを狩っていたらしい」
土着タイプの悪魔……つまり、日本古来の、悪霊とか鬼とかそういうものだろうか。
「なんだって、この庭園にそんなものが……?」
「それはわからないが、ここに何かがあるというわけではなくて、外をうろつけないからここを住処にしてしまった、という感じはしないでもない」
それなりの根拠はあるのだろうが、この時点ではオレにはよくわからない。
そんなことを話していると、道の先からライトの灯りが照らされた。
「あー! ……結局、一番最後か」
「何の話?」
「不知火みつけるゲームだったよな?」
この状況で、忘れてたよそんなこと。
戻って来たのはエシェルとキミカズだ。
どんな神経をしているのかはわからないが、何でもないことから声をかけてきた。
まず、周りを見ろ。
「大丈夫か、秋葉。襲われたようだが」
「大丈夫じゃない。……なんでヒノエはいなくなるんだよ!」
本気で危なかったと訴えると、キミカズの肩口にいたヒノエは、前にひらりとやってきて
「すまない。主様(ぬしさま)の方にも怪異が出たので」
全然本当に、言葉では何もすまない理由を言ってくれた。
「それは……秋葉と組ませた意味がなかったのでは」
「我々、式にもルールや優先順位がある」
……わかった。
オレの命の重みは、キミカズより軽いってことが。
軽く鬱になりそうだ。
「そうではない、こちらは気配がしなかったのだ。……本当だぞ?」
だから、読心の能力はないっぽいのに、オレの心と会話をつなげるのやめて。
オレの腹の中は、わかりやすいのだろうか。
「ごめんな。そこをちゃんと命じてなかったのが悪かった。こっちも出たんだけど、ヒノエが片づけてくれたから問題なかった」
「もちろん、司くんと一緒の私の方も、問題ありません」
端から、このゲームには問題だらけだったので、組み方がおかしいと思った時点で、当然の結末には違いない。
オレは、すべての反論を諦めた。
「わかった。無事だったんだしいいよ、もう」
「自分の命がかかってたのに、すごい心が広いんだな!」
「ちげーよ! お前みたいなのに反論しても無意味だと光の速さで悟ったんだよ!」
つっこみさせないで。もう疲れてるから。
「それで、司。さっき外をうろつけないからここと住処に……とかなんとか言ってなかったか」
エシェルが話を継ぐ。
結構距離があったはずだが、静かな場所なので会話もおぼろには聞こえていたんだろう。
「何か根拠があるのか?」
「根拠というほどの根拠ではないんだが……まず、塀の外でこういう神魔の類……日本に由来がありそうなものをみたことがない」
「それで、どうしてそこにつながるんだ?」
キミカズが聞き返す。
推測で、と前置きして司さんは続けた。
「数が多いようだし、小物と言えば小物だ。それも人を襲う。察するに、外では神魔の気に中てられて存在できないか、祓われてるかのどちらかなんじゃないのか」
「……それで、ここに逃げ込んでいる、ということか」
エシェル、なんでこんな危ないものがいるのに平気でいられたんだ。
危機感にも文化の違いがあるのだろうか。
などと思ったが考え込んでいる様を見て、個人の性格だろうな、と思い直す。
「不知火もこの国の……あ、エシェルには言ってなかったけどどちらかというと神霊寄りの存在だから、察知して狩ってたんじゃないかな」
忍に言われてエシェルが改めて司さんの隣でおとなしくしている不知火の姿を見た。
「……」
双方、無言。
いや、不知火は元々しゃべらないわけだけど。
「そうか、君が危険を排除してくれていたのか」
ありがとう、と礼を述べる。
そういえば、神魔は苦手だと忌避しているようだったが、それほどの距離感は感じられない。
不知火は、厳密には神魔とも言い難いし、どこに境界があるのかは、わかり辛いところだ。
「でもなんだって、そのワンコが?」
ワンコ、と言われたことにかぴくと不知火が反応して、キミカズの方を見上げる。
「もしかしたら」
思い当たる節はむしろそれくらいしかないのか、司さんはその些細な日常の光景を思い出したようだった。
「以前、エシェルと知り合った時に、家で森(シン)……妹に、ネットで大使館の写真だとか航空写真を見せたことがある。その時、不知火も一緒だったから何か感じとった可能性はある」
「有能なんだな」
キミカズはそう言って、ふっと笑みを浮かべる。
「なぁ、こういうのオレも見たことないけど、実は結構街中にいたりすんの?」
素朴な疑問をオレはキミカズ……というより、ヒノエに向かって放つ。
なんとなく分野的に、一番近いのは式神であるヒノエだろう。
「そういったものは、本来は実態を持たない。だが、人の悪意や瘴気を取り込んで、小鬼となり、より力の強い場所では実体化をすることもある」
……しょうきしょうき言われているが、脳内変換でうまく補完されてくれない。
黙っていると、キミカズがそれを見て、なんとなくニヤニヤしている。
……オレは、こいつとは友人になれそうもない、と思った。
「都会は悪意が吹き溜まることもあるからな。まして他国の神魔が具現化している時代だ。形をとりやすくなってても仕方ないんじゃないか?」
「……詳しそうだね」
忍の発言に、キミカズはヒノエがついてるからその程度は、と答える。
「とにかく、これは特殊部隊の管轄ではなさそうだ。術士につなごうと思うが……それでいいか?」
「D’accord」
「「「…………」」」
全員が黙す。
うっかり、フランス語が出たようだが、理解できるものはいなかった。
「忍、通訳」
「知りません」
短くふると、短く断られた。
「あぁ、すまない。了解、という意味だよ。特に危険を感じたことはないし」
めちゃくちゃ襲って来たけども!?
夜庭園に入らなければ大丈夫ってこと!?
エシェルも大分肝が据わっている。
……最も、2年以上ここにほぼ一人という状態で住んでいればこうなるのかもしれない。
そして司さんは
「今日のところは俺も泊まらせてもらうから、気を付ける。明日朝一で繋ぎを入れるから少し待ってくれ」
何事もなかったかのように、事務連絡をしている。
「いやーそれにしてもスリリングだったな。学校の怪談も真っ青なくらいだ」
「学校の怪談は怖くても人死には出ないんだよ」
懲りないキミカズを残してさっさと総員、館への道をたどり始めた。
* * *
そして、後日。
「秋葉君、キミカズと会ったそうだけど、どうだった?」
「清明さん、あの人ホントに宮様ですか!? オレ、軽い判断で殺されかけたんですけど!」
清明さんに会ったオレは、開口一番尋ねられたが、そう答えるほかはなかったのだった……。
お泊り会は、もっとラフに楽しみたい。
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