2.それぞれのピース(1)ーお泊り会再び

「それで? なんで森さんまで来てんの?」


オレの声はもちろん、司さんや森さんには聞こえないようにひそめられていた。

何を考えているのか、忍が提案したキミカズを含めた「お泊り会」。

その真意を、オレは知らないままだ。


「今回はキミカズのこともだけど、成り行き次第でエシェルのことを司くんに話すかどうかも絡んでくる。だったら代わりにそれを知っている森ちゃんに来てもらうのは筋だ」

「……そ、うか……どのみちエシェルのことは森さんにも共有してもらった方がいい……のか?」


エシェルは熾天使、ウリエルだった。

四大天使。

考えれば考えるほど、本来ならまっさきに日本を滅ぼしてもいいような立場にいるんじゃないかということがわかってきて、さすがに森さんにそこまで話していいのかという感じもする。


「そこ、もう共有済み」

「早い!」


オレの心配をよそに、なんのためらいもなくすでに説明済みらしい。

忍はキミカズに聞きたいことがあると言ったけれど、その結果次第で司さんにもすべて話すようなことになるのか。


……今、わかるのはそれだけだ。


成り行き次第。



そうならない場合もある。

「忍が確認したがっていること」が的を外した時、この集まりはただの「お泊り会」になるのだろう。


事実、今現在、ただの友人同士の集いと化している。


「君に会うのははじめてだな。忍の友人だと聞いたけれど」

「不知火がいつもお世話になってます」


当然、留守番ではなく不知火もついてきていた。

もふもふと隣についている巨大犬の首の後ろを撫でながら挨拶。


「こちらこそ。彼はよく僕の気晴らしに付き合ってくれているよ」

「……彼、ってエシェル。不知火ってオスなの?」

「何をいまさら」


君の方が付き合いが長いんだろう?と言われてしまう。

付き合いって言ったって、数回一緒に出掛けたくらいだから、たぶんエシェルの方が不知火と親密だろ。


よくわからないけど。


エシェルがあまりにもいつも通りなので、あの日の屋上でのことが嘘のようだ。

最も、忍がいつも通りだからエシェルもこうしていられるのかもしれないが。


「エシェル、良かったのか? ……妹まで連れてきて」

「妹。聞きなれない言葉だ」

「いや、妹ですよね。森さん、妹ですよね?」

「司が兄という感覚がないから、妙な感じがする」

「……」


司さんの方が複雑そうな顔してますよ。


「双子だっけ? いいな、オレ一人っ子だから、ほとんど王様だし」

「スネ夫かよ。いいなに繋がる要素がねーよ」


キミカズが自慢するでもなく訳の分からないことを言っている。

とりあえず、来てくれたみたいでよかったよ。

こっちから誘うとか、結局また清明さん経由になったし、清明さんお泊り会の伝言役に使うってどうなんだよ。


……宮様は、こんなでも安易に個人的な連絡先はよこさない。

そこはきちんとしていると褒めた方がいいのだろうか。


「今日はヒノエは来てないの?」


忍が言うと、女性の姿をした式神が姿を現した。


「無論、主様(ぬしさま)をお守りするのが私の役目」

「あなたがヒノエ? 元々妖系の式神さんですか」

「……この娘は、主様の新しい友人と見てよいのですか?」


恐れ知らずの森さんが、率直に疑問をぶつけている。

どこかで見たことがある光景だ。

そして、わざわざ確認を取っているヒノエ。


「いいよー。オレ、こんなふうに大人数でお泊り会するの初めてだから、楽しみだな」

「そこは素直に嬉しそうだね」

「あっ、この間の取り寄せの皇室御用達の酒、届いたから一本くすねて持ってきちゃった」


……魔界の陛下への献上品をくすねるなよ。


「……日本酒か。僕はあまり好きじゃないんだが……」

「ていうかここに日本酒いける口なヒトいるの?」

「強制的な飲み会になると、日本酒にシフトするけど」

「マジで!?」


意外なところから、ビールより日本酒です宣言が出た。

忍だ。


「無理やり注いで来る人いるから、お膳の下に開いた皿を置いておいてだね……」

「それ、酔っ払いの回避法! 飲んでねーだろ!」


隙を見て、空にしておく作戦だろう。

それを献上品でやったら、あらゆる意味でもったいない。


「スパークリングで洋酒に近いし、フルーティなやつだから、飲めると思うぞ」

「それ、日本酒っていうの?」

「日本米から作ってるから日本酒じゃね?」


フルーツはどこから入って来てるんだよ。

日本酒に疎いオレには謎だらけだ。


「一本しかないからみんなでお試しくらいにいいだろ」

「宅飲みといっていいのかわからないから、私と忍ちゃんからはゴディバのチョコリキュール」


フランス大使館という洋装に、TPOとして応じている。

確かにここに、チューハイの缶を大量に持ち込むには抵抗を感じる。


「無難に柚子酒」

「司さん、女子に合わせたんですか?」

「飲むものに男女差はないだろう。秋葉、君のいう男らしい飲み物ってなんなんだ?」

「え。……焼酎? 泡盛? ウォッカとか??」

「飲まないくせに」


そーですね、オレは連れて行った先で適当にメニューから選ぶ人間です。


「それよりエシェル、本気の顔でそれ聞かないでくれる?」

「エシェルは何が好きなの?」

「……生活圏内がフランスだったから、飲みなれているのはシードルやワインだな」

「シードルってなんだっけ」

「リンゴの果実酒」


ていうか、つっこんでいいか。色々。


「エシェルって飛び級だろ? 日本で成人したくらいなのにそれっておかしくないか」

「フランスの成人年齢は18だ。酒類の購入は16歳から可能だし、3パーセント未満なら飲酒もその年から許されている」

「……オレ今、すごいカルチャーショック受けてるんだけど」

「3パーセントってグラスにいれたらわからないよね、誰がどうやって確認するんだろうか」


そこじゃねーよ。


「自立が早そうだなぁ。だからエシェルはそんなにしっかりしてんの?」


……天使で何千年とか生きてるレベルだから、自立も何も今となっては問題外の質問だが、なんとも言いようがない。


「君がだらだらしすぎているだけでは?」

「宮家としては仕事してますー」


といいつつ、飲み会だか食事会だか懇親会だか分からないノリに突入してしまっている。

大事な話があるのに、つい話しそびれて終わってしまうテンプレートなパターンだ。

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