大使館でお泊り会(3)-結局、実践ゲーム突入

オレたちはここに遊びに来ている。

けど、エシェルは、何か獣のようなものが出るようだと司さんを呼んだ。


不知火は大型の狼犬のような存在。

……人は、それらしき偶然が重なると無意識に結びつけたがる習性があるらしい。


まさか。……まさかな。


不知火という存在を知る全員が、自らその可能性を心中で同時に否定した。


「もしか、狼みたいな声が不知火だとしたら」


しかし目をそらそうとする一方で、可能性を追求しようとする人間がいる。

すると、司さんとしては頑なに否定はできないようだった。


「安直だが、俺もそう思ってしまった」

「不知火っていうのは?」


エシェルが聞いてくる。


「俺の家で管理している狼犬……のようなものなんだが、最近夜中になると姿がみえないらしく」


ざっくりと容姿を説明すると、キミカズが興味ありそうに立ち上がって、窓の外を見渡した。


「どこかに散歩に行っているんだろうとは思うんだが」

「そんなに巨大な犬が、ひとりで散歩に出て大丈夫なのかい?」


当然といえば、当然の疑問だ。

ただの犬でなさそうだということはまだ話していないし、そうでなくとも一般人が夜中に遭遇したら驚いて悲鳴を上げるくらいの騒ぎになる可能性はある。


二足歩行にせよ、四足歩行にせよ、明らかに神魔の姿なら、大分浸透しているんだけどな。


「人には危害を加えない。だが、外見で危険にみられるのはわかっているだろうから……」

「だからこそ人目につかない時間に、おでかけしてるのでは」


お出かけという言葉が使われると、妙に軽く感じる不思議。


「そしてその延長で、人目につかない場所に行っている可能性はものすごくありそう」

「…………」


司さんは思い当たる節しかないのか、黙っている。


「確かに、ここは塀で隔絶されている上に、人もいないし、騒ぎ立てられたくないなら、かっこうの遊び場だな」

「エシェル、そんなに軽くていいの!? そんなもん!?」

「危害は加えないんだろう? 別に正体が分かったなら、それでいい」


すっごいアバウトなところがあるんだな。

もっとあれこれ神経質な感じかと思っていたが、度重なる行動に、なんとなく性格が掴めてきたような気がするオレ。


……気難しい人というのは、付き合ってみないとわからないものだ。


ついでに付き合ってみると意外と、敬遠するほどでもないこともわかる。


「確認が取れていない。……と、いうか……」


司さんが若干げんなりしている。

そうだな、自分家の犬が、人様の庭園うろついて、飼い主が警察として呼ばれた日には、立場的になんだかものすごく気まずい。


「とにかく、確認しようと思う。不知火だったら声の届く範囲で呼べばすぐ来るはずだ。……それに、勝手にでかけるというのもおかしい感じがするし」

「? それはどういう意味だい?」


それに関しては、忍が反応している。


「不知火は、司くんの妹のボディガードを兼ねてるから、ことわりなく一人残して、それも連日いなくなっちゃうっていうのが違和感」

「断りなくって、どうやって犬が断り入れんだよ」

「そうだね、でもそれくらい利口ってことだよ」


それはわかる。

賭博場で、しっかり人間の言葉を聞き分けているのはオレにもすぐに分かったし、実際、向こうが喋らないだけで理解はしているのは確かだろう。


「利口だからこそ、人目のないところで羽を伸ばすという発想は?」

「性格的には、なさそうだ」

「そうか。そういう犬なのか」


キミカズに逆の方向性を突かれるが、そこは忠犬というべきか。

しかし、なんで納得してるんだエシェル。


確かに本当に困ったから呼んだのではなく、司さんを招く意図が先だってついでに、という夜であることはわかるけども。


「司、大丈夫だ。もし正体がその不知火という犬だったとしても、解決ということで黙っているから」

「………………」


すこぶる真面目な顔をしているので、貸しを作る気はないだろうが、司さんは複雑そうだ。


「そこで複雑になってないで、とにかく確かめよう。違ったらそれでいいじゃない」

「いや、違ったら別の何かが紛れ込んでるってことだからな? 逆に良くないだろ」

「司くんの心理的にはそっちの方が、遥かに軽い」


そうだな。


あっさり、手のひら返してオレは同意する。


「でも確認て……」

「せっかくだから全員で手分けして探そうぜ」


なぜかキミカズが提案した。


「手分けって……庭園に入る気!?」

「奥まで入らなくても、呼んでみればいいんだろ? 一人が怖いなら組になってもいいし。……それで、一番最初に確認できた人が勝ち」


待て。


なぜゲームにする。


「夜でなければ楽しそうだけど……」

「手数はあった方が夜中にかからなくて済むだろう。僕は協力する。……怖くないし」

「……主様がそうおっしゃるなら、私も協力いたします」


余計な人員の民主主義のせいで、3対2に割れてしまった。

司さんは当然、探索組なので実質的に4対2となってしまう。


「せめて二人組に」


忍の珍しく弱気な提案。

この広大な館内に二人して残されるのも何だか怖いので、全力で乗るしかない。


「じゃあ、なるべく危険のない組み方をしよう。キミカズは僕が預かる。忍は司と、秋葉はヒノエと組んでくれ」


待って。

ガチで危険ありきの構成じゃないか。

オレは初対面の式神と庭園に入るのか。


しかし、キミカズをさばく自信はない。

むしろエシェルにはオレを預かって欲しかったが、するとキミカズを誰も管理できないので、エシェルしかいないことになる。


ヒノエは……


「……ヒノエって、キミカズの護身なんだろ?」

「そうだな。たまには別行動もいいな。あと、何か見つけたら教えてくれ」


こいつ、スパイを潜り込ませる気か―――――!!!!


「私は一番安全圏内なので、異議はない。……かな」

「そこ! 一番危険圏内なオレの前で、真ん中の理由はわざわざ言わなくていい!」

「失礼な……主様の命令であれば、ともに行く。もし神魔が襲ってきても、守ることくらいはできる」


……そうか、こいつはキミカズの式神じゃなくて清明さんのだ。

宮様守らせてるくらいだから、実力は折り紙付きのはず。


気付いてオレは、品行方正な術士の式神を信じることにする。

何か、キミカズ相手と急に口調が変わっているけども。


「司、これでいいか?」

「……まぁ……いいのでは」


端からゲームにするつもりはないので、若干遠い目をしている。

考えてみたら、オレと忍を組ますのはこの場合、あらゆる意味でないので結局、妥当ということか。


そして、小さな虫や生き物の気配がする小道へとオレたちは足を踏み入れた。



* * *



広大な庭園なので、分岐はすぐにあって、そこで別れた。

日本古来の庭は、政府によって手入れされている。

道が荒れてないだけましと考えるべきか。



……しかし、街灯もついていない。

手元のライトだけが頼りって、心もとない。


「まさか、都内でこんな体験をする羽目になるなんて……」

「そうか? 夜中の大きな公園などこれに少し寂し気な街灯がついているようなものだろう」


ぽつ、と思わず呟いたそれに、ヒノエが答えてくれた。

そういえば、鬼とかなんとか言っていたが……

ヒノエはどちらかというと、日本のホラーの系統の存在ではなかろうか。



……………………否。今は「式神」という名の、清明さんのお使いだ。



全力で、否定して当てにすることにする。


 うぉぉーーーー


……どこかで獣の声がした。


「……少し遠いな」

「オレ、気付いたんだけどさ。不知火だったら散歩はしても、そんなに頻繁に興奮して遠吠えとかしない気がするんだよ」


そう、オレの知る不知火は無駄吠えなんてするほど、落ち着きのない犬ではないし、いつも静かにしているイメージだ。


夜中の広い遊び場だからって、ハッスルして走りまくるとか想像できない。


ざざざざざ


そうこう言っている内に、何かがものすごい勢いで近づいてくる音がする。

音から察するに、けっこうでかい。


「怖い! 本気で怖い! 不知火じゃなかったらどうするんだ!?」

「声をかけてみては?」

「う……」


その前に、隠れたい。


察したのか、ヒノエの方から正体がわかるまで身を隠そうと、木陰に潜むようにした。


黙。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る