大使館でお泊り会(2)-大体事件は人為的

「その旧皇族の人が、どうしてこのヒトを?」

「一応宮様だから、ふらふらするなら護衛が必要だって」

「あ、ひょっとして清明さんか」


なるほど。だとすれば確かに、この女性は人外であるし、しかも、術士からの呼び出しで着いているのだろう。


……海外の神魔しか会ったことないから、よくわからなかった。


それ以前に、自分で宮様いうな。


「清明さんが宮様に護衛をつけた……? ということは式神?」

「ですよ。私は宮様のお守りについております」


お守り。


それは正しい古来の日本語なのか、それとも今どきの意味でつかわれたのか。

よくわからない。


「美人だろ~ 羨ましいだろ~ 秋葉、一献付き合ってもらったら?」


空気変わるぞ、という一言に思わず、えっとなる。


「なんでオレの名前……」

「清明に会っただろ。エシェルからも聞いてる。もちろん、忍も知ってるぞ」


あ、こいつ、無駄に情報ツウな感じだ。

またややこしい感じの人が現れた予感がする。


「俺のことはふつうに宮様って呼んでくれ」


普通じゃないだろ、それ。

敬意払えって言ってる?


「愛称の意味でだよ。彼は呼び捨てにしても、ため口でも一向に気にしないたちだから」


エシェルの補足。


「そ、それなら宮様」

「敬語もいらない」


なんだか上機嫌で横になったまま、ソファに頬づえをつく。


「宮様、こんな時間にほっつき歩いていていいんですか?」


忍の割ときつい一言、しかし真実が飛んだ。敬語だ。


「敬語はいらない」


にこにこにこ。

喰えない予感。


「キミカズ、ほっつき歩いていないで帰りなさい。ハウス!です」


ごろ寝している本人と、忍の見下ろす視線の高さも相まって、おかんというより、犬に指示する口調に降格された。


「忍……いくらなんでも、旧皇族って人に……」

「だってエシェルが気にしないって言ったし、これくらいしないと全然懲りなそうな感じだし」

「そうそう、それくらい親密にしてもらった方が俺も楽なんだよ」


あ、ひょっとして立場上割とめんどくさいところにいる人か。

気が抜けない人が、抜ける場に来るとこんな感じになるのは、なんとなく理解できる気がする。


しかし、今のやり取りが親密という言葉に値するのかは謎だ。



「大体、旧がつく時点で、皇族ではないし名字もある」

「名字?」

「気づかなかったかい? 天皇家の人たちは、名字を持っていないんだよ」

「!」


そういえば。

いつも聞くのは下の名前だけだ。


天皇家の××様、××宮家の〇〇様、みたいな。


「ついでに戸籍も持ってない。皇族は外部へ婿嫁に行くときに、はじめて戸籍を作る」


忍の雑学が飛んでいる。


「よく知ってるね」

「名字がないって言うことは戸籍も作りようがないわけで」

「だから今の俺は、傍系とはいえふつうに伏見姓なわけ」


そして、続けた。


「ちなみに宮家は数あれど、伏見家は現在の天皇の割と近い祖先にあたり、GHQによって皇族を離れた十一の宮家は、すべて伏見の系譜でした」

「これ、敬えって言ってるの? つっこんでいいとこなの?」

「好きな方を選んだらいいよ」


ため息をつく。

どっちでもいいらしい。

オレは忍ほど極端な選択の判断ができない。


「司は呼んでないのか?」


司さんのこともいきなり呼び捨てか。


おそらく面識はないが、オレたちと同じ扱いだということは想像できた。


「呼んでるよ」

「……今日は夜勤だって聞いたけど」

「うん、最近、庭園に何かいるみたいだから、せっかくだし仕事の名目で呼んでみたんだ」


エシェル……

合理的と言えば合理的だけど、強引って言わないかそれ。


「というか、庭園に何かいるって……」

「夜行性なのか夜中になると動く音がするんだ」


……よく一人で平気だな。

と、言っている間に、警備員に案内されて司さんがやってきた。


「……知らない顔がいるな」

「俺は司を知ってるんだ、伏見仁一。キミカズって呼んでくれ」

「…………」


あまりの気安さにどうしていいのか、思案している模様。

場の雰囲気も、盛り上がっているのかは、見るからに微妙だ。


「エシェルの知り合いでよくここに来てるらしいよ。今日は急に参戦していらっしゃいました」

「実をいうと、エシェルが客を招いたっていうから珍しいと思って来てみたんだ」


知ってて来たのか。

忍が説明に、以下の補足を加える。


「ノー敬語じゃないと、逆にうるさい感じなので気を付けて」

「わかった。とりあえず、今日は仕事で来ているんだ。3人隊員を連れてきてるから、先にそっちの情報を聞かせてもらえないか」


三人とやらは、控えているのか姿が見えない。

同席するのが普通だと思うが、時間も時間だし、あらかじめ客が来ていることくらいは警備員から聞いていただろう。


ある意味、ややこしい事態になっているから都合はいい。


「情報と言っても、事前に説明したとおりだよ。夜中に大きな獣が動いているような音がする。何か追いかけているような感じの時もあるね」

「いや、エシェル。オレそれ聞いてない!」

「……獣ってさっき遠吠えしてたアレじゃなくて?」


確かに、犬っぽいのが聞こえてたよな。

それは違う、とエシェルは明確に否定した。


「場所は庭園の方か?」

「こっちの建物の方には来ないよ」

「……三人じゃ足りないな」


調査用に時間をもらえるかという司さんに、エシェル。


「わかった。今日は、君が残ってくれ。他の人には帰ってもらっていいから」

「エシェル……それはナイスな判断だね」

「合理的だろう?」


ふふっと笑う。

最初から狙っていたのかはわからないが、これだけ広大な暗い庭園を四人で捜索するのはいろいろと問題だろう。

単独になるにしても、二組くらいに分かれたとしても。


「とにかく一晩見ててもらえば、向こうから動くと思うよ。下手に探しに出るより確実だと思うけど」

「そういうことなら……」


少し考えて、司さんはその案を飲む。

お泊り会はともかく、仕事はきちんとする気らしい。


……まさか急遽開催されたこのお泊り会に、わざわざ参加させるつもりとは思ってはいなかったろう。


オレたちはまとめて、庭園の見える2階東側の部屋に移動した。


「この暗さは、都心とは思えないな」

「さっきオレたち、向こうの建物に案内してもらったんですけど、怖くなって戻って来たんですよ」


鬱蒼とした闇に沈む木々を見下ろしながら、司さん。

大使館の敷地を取り囲む塀の外に灯りは見えるが、その中は中心に向かうほど真っ暗だ。


「そういえば、地図見た時に南東に墓地があったね」

「何それ怖い! なんで墓地が!?」

「寺の敷地だよ、それは」


なんで大使館と寺が隣接してるんだよ。

と思ったが、そもそもこの庭園が徳川幕府のものらしいから、寺くらい併設されてても逆におかしくないことにも気づく。


実際の経緯は不明だが。


「秋葉はそういうの怖いのか?」

「ふつう、大抵の人は怖いと思う」

「はははっ式神だって、元は悪鬼とか多いし、神魔だって海外産の霊じゃないか」

「何軽く言ってくれてんの? 日本産のホラー映画甘く見るなよ」


海外はなんとなくエンターテイメント性重視のパニックやグロテスク系が多いので、日本のそれとは違う気がする。

なんというか、演出も派手だ。


比べて、日本のホラーは地味で、リアルで、じっとりと怖い。


 くーる、きっとくーる


……見たこともないのに、定番ソングが脳内を流れた。


「身近な題材だから、余計怖いんだよね」

「あれ、お前ホラー見るの?」

「見ない。でも大体ヒット作はネタになったりするから目につく」


そうだな。

オレも見てないけど、怖いところがハイライトシーンとして脳裏に焼き付いてる感じだ。


「まぁ、何かあるとしても夜中だから、ゲームでもしてのんびり待とう」


結局、徹夜フラグが立った。

他にすることは特にないので、司さんも参加して、都かいとは思えないほど静かな、夜の時間を過ごすことになる。


と、しばらくして。


司さんのプライベート端末に、着信が入った。

メッセージの方らしい。

手に取って無言で確認している。


「……」


……無言で。


「どうしたんですか?」

「いや……最近、不知火が夜中にいなくなるようなんだが、今日もいないと」

「森ちゃんから?」


……なんとなく。

注目すべきはそこじゃないんじゃないのか。

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