一木主催の懇親会(3)
「不知火って散歩毎日してるんですか?」
オレは無難なところから聞いた。
この巨体を見ていると、素朴な疑問でもある。
「元々物質的な存在じゃないから、そういうのはあまり考えない」
「物質的な存在じゃないって!? 犬じゃないんですか!」
しまった、くいつかれた。
「あら、存じませんの? その子はこの国で言うところの神様の使いのようなものですわよ」
「眷属ってやつ!!?」
このままでは一木の一人お楽しみ劇場に突入してしまう。
不知火の話題で済むならと思っているのか、司さんは特に関知しない。
……………こういう意味でのボディガードなのか?
ふと、余計な可能性に気づいてしまう。
なぜシスターがそれを知っているのかはわからないが、もはや話題も視線も不知火に集中している。
少し遅れて来た飲み物のグラスを黙って傾ける司さん。
……これはそういう意味だな。
しかし、一木の質問は知っていることばかりで飽きたのか、早々にその話題から離脱したのは忍だった。
「司くん、さっきから黙ってるけど疲れた?」
「いや、事足りているから黙っている」
右手から聞こえる会話。
「じゃあ相手してよ。あっち空気が盛り上がりすぎ」
「何の?」
「……………………………………飲み比べでもしてみる?」
「思い付きで心にもないこと言うんじゃない」
そうだな。
そこから派生して奥の方にまで広がったら、収拾つかなくなりそうだもんな。
オレもチューハイのグラスを傾けた。レモンは無難だ。
飲み物が入って、あるいは良識担当司さんが来てくれたことでか、なんだかやっと落ち着いた気がする。
「そんなこと言ったら、一木くんを潰したくなった」
「何怖いこと言ってんの? お前」
普段聞かない発言につい反応してしまうオレ。
「この中で、一番潰しても問題ないかなって」
「酒の話か」
「会計は私がするから、遊んでもいいかな」
「秋葉、忍と席を代わってくれ」
アルコールが入っても冷静組がとんでもないことを始めた模様です。
オレはおとなしく席を移動する。
個人的に普段、飲み会はしない面子が多いようだが、その分、忍の場合はここぞとばかりに動くときがある。
本人から聞いたエピドードはいくつかあって。
「一木くん、ビール? お腹にたまらない?」
「あ、じゃあハイボールでも頼もうかな」
「公爵は和心のある焼酎を一木くんと飲みたいそうだよ」
「マジですか!」
またもやテーブルをはさんで交戦モードに突入しているダンタリオンとシスターを尻目に、一木、焼酎と氷、水を発注。
すぐに来て、幹事が作る。
「お、気が利くな」
「あれ、あいつ焼酎なんて飲むの?」
「飲むよ。致命的な嘘はついてない」
そうだな、物を粗末にするの嫌いだもんな、お前。
エピソードの定番がすでに発動している。
一木がダンタリオンと話している隙に、焼酎の濃度は隣人によって密かに上げられていく。
これは、アルコールに強い人間だと笑い話で済むらしく、そうでない人間は徐々に酔っぱらって、それが濃いか薄いかの判断もつかなくなるらしい。
……悪質かと言えば、一気飲みを強制させるわけではないので、少しペースが速くなったという程度で済むかもしれない。
一応、しかける相手を選んでいるので、許されない人間と本当に弱い人間にはやらない。
忍には忍のルールがある。
例えば、座ろうとしている人の椅子を引く悪戯は、危険だからびっくりする程度(半分以内)に収める、等。
そんな悪戯、社会人になったら普通はしない。
大事なのはそれくらいマイルールが徹底されているということで、今日は宴席、無礼講だ。
オレは黙って観察することにする。
と、運ばれてきたピザの一片に、森さんがタバスコをしこたまかけはじめた。
「……森さんは辛党ですか?」
「黙ってみててみろ」
司さんはその行動パターンが読めているらしい。
大皿を回して、今は正面の席にいる忍の方に送る。
忍はそこから無言で取り分けて、反対側の列全員にいきわたらせる。
タバスコ爆弾は、一木にセットされた。
何、この連携力。
オレは森さんが忍の親友だということを目の当たりにしている。
そして大分酔いが入った一木は、タバスコとトマトソースの区別もつかずにそれを口に入れる。
「何これ! 辛っ! 辛い!!」
「そうですの? おいしいですけれど」
「ロシアンルーレットピザが、一木くんに当たった」
ある意味、間違っていないが、一発目に弾込めした銃口をまっさきに向けるのはロシアンルーレットと言えるのか。
「そうでしたっけ!? 水ください!」
「ごめん、切れてる」
これは本当。
幹事である一木の仕事不足だ。
一木は自ら、高濃度になっているはずの焼酎水割りを一気飲みする羽目になる。
「……一気飲みさせるつもりは全くなかったんだけど」
「というか、すでに一気飲みできる濃度でない気はする」
森さんと忍。
カクテル系を飲んでいるはずなのに顔色変わらないなこの二人は。
「足りない! 忍さん! そのカクテル、オレにください!」
「私は回しのみは嫌いです。秋葉、水頼んでくれるかな」
注文用のタブレットが端に配置されているので、オレは素直にそれを追加した。
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