七福の幸(2)ーオロバス
「どう見ても執事さんじゃないですよね。はじめましてですよね」
「えぇ、私はオロバスという魔界の者で……観光に来ていたんですけど、大変な事件があったのでお手伝いを」
この屋敷には執事や召使のようなヒトがけっこういるが、見た感じ全然誰とも違うのですぐに、わかった。
……使用人ではなく、(日本的な意味として)客人であると。
「4から186までって言った? 実際の量はわからないけどものすごい量なんじゃねーの!? お前、ほとんどこのヒトにやらせてない!?」
「書類にサインするのはオレの仕事なんだよ! 仕事してんだよ!」
「お客様に仕事させて何仕事しました顔してんだ。他に使用人いるだろうが!」
「使用人レベルに見せていい書類じゃないんだよ!」
とオレが説教を食らわせている間に、忍は礼儀正しく挨拶をしている。
オレの紹介もしてくれている。
オロバスと名乗った悪魔は、それを聞いて書類を抱えたままぱっと笑顔になった。
「あなたがアキバさんですか。お噂はかねがね」
どんな噂だよ。
聞きたくない。
「会えて光栄です。あ、シノブさんのことも公爵から聞いてます。しばらく滞在する予定なのでよろしくお願いしますね」
何をよろしくされるのか。
聞きたくない。
「えっと……使用人に見せていい書類じゃないっていうと、オロバスさんは、その魔界の爵位の?」
「王子です」
「王子顎で使ってるんか、お前はーーーー!!!」
位的には公爵の方が上というわけがわからない状態らしいが、この状況は芳しくないだろ。
観光目的で来ている悪魔は、事務員ではない。
当然に雇用されてはいけない。という、いかにも日本らしい規則もある。
この場合はそんなことどうでもいいんだが。
「いいんですよ! 自分で手伝いに来たんですから! それにここに来れば人間の方とも仲良くなれると思って……」
「……人間と仲良くとは」
「あーそいつな。人間と親睦を深めたがるんだよ、昔から」
昔からって、フレンドリーな悪魔……って感じでもなさそうだけど。
大体、王子というからにはそれなりの序列で、人間とお友達やってる場合ではない気がする。
「バティンさんもそうだけど、下手な人間より好印象な方も多いですよね」
「何!? バティン来てんの!? ……早く言ってくれれば手伝ってもらったのに」
「バティンさんて公爵だっけ」
「そう。こいつと爵位上は同じだよな」
そんなやり取りをするオレたちがどう見えているのか、二足歩行の馬の姿のオロバスさんの目は輝いている。
「さすがダンタリオン様。人間の方ともこれほど仲よろしくやっていらっしゃるとは」
「いや、これ仲いいっていうか、うん、いろいろ説教しなきゃならないみたいな状況なんだけど」
「公爵、バティンさんも手伝ってくれそうなんですか?」
「手伝ってくれるかはわからないが、手伝ってもらえたら仕事は倍速だ。バティンはルシファー陛下の側近だからな。相当有能だぞ」
……あの、ガーデニングエプロンの愛想のいいヒトが、いわゆる魔界の統治者の側近とか……
オレ、何か失礼なことしてないだろうか。
「でもバティン様も観光でしょうし……これで大体、書類は片付いたのでダンタリオン様も少しはおやすみになれるのでは?」
「なれるなれる。一緒に、街に出てみるか?」
「! 良いのですか!」
何でいちいち嬉しそうなんだ?
そもそも観光に来たならそっちが目的で自由行動だってしていたろうに。
しかし、理由はすぐにダンタリオンによって明かされた。
外出の準備でうきうきと席を外したオロバスさん。
その後ろ姿を見て、ダンタリオンは言う。
「あいつな、昔っから人間と仲良くしたがるんだよ。アガレスみたいに嘘もついたりしない」
「だからそういうのって悪魔っていうのか? オレ、悪魔の基準がよくわからなくなってくるんだけど」
「基準なんて元々あるわけないだろ。魔界は色んなやつの吹き溜まりなんだから」
天使の統率力、唯一神の下での一糸乱れぬ行動。
これを考えると確かに、対極にある場所といえば、分かる気はする。
「能力は、召喚者に地位を与え、敵味方からの協力をもたらす。つまり、野心を持つ権力者に好まれるタイプの悪魔だ」
「あ~地位重視とかめちゃくちゃ嫌なタイプの人間から呼ばれそうだよな」
「なのにオロバスは人間大好き、仲良くしたい。呼んでくるやつは権力欲しい、なりあがりのための手段として呼ぶだけ、みたいなやつなわけだ」
「……なんか……ちょっとかわいそうっていうか……」
つまりそういうことなのだろう。
友だちが欲しいのに、持ってる能力がそういう優しいものじゃないから狙ってくるのは、能力狙いの腹黒いやつら。
用がなくなったら要りません。は目に見えているわけで……
……ふつうに、寂しい。
「そんなわけで日本に来て、人間とふつーに話してふつーに買い物とか、いちいち感動してるレベルだからな。ちょっと仲良くしてやってくれ」
そんな話聞いたら、かわいそうなヒトにしか見えなくなってくるよ。
しかし、哀れみで見てはいけない。
ふつうに、ごくふつうに外での気晴らしを楽しめばいいのだ。
今日はこのまま外に出るようだし、もう、そういう日だと割り切ろう。
「よっし。ちょうど日本橋の方でえびす講やってたな。行ってみるか」
「……オレたち制服なんだけど」
「大使についてやってきた客の案内を一緒にする。立派に外交官の仕事だろ」
「お前、客を客とも思ってなかったよな……?」
そんなわけで。
思ったより、お祭り騒ぎな場所に行くことになったようだ。
ダンタリオンの奴は、自分が気晴らしをしたいだけだろうということははっきりとわかりつつ。
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