七福の幸(3)ーえびす講
えびす講。
それは七福神である恵比須様をまつったものが起源と思われる。
日本でも有名な商売繁盛の神様だから、神事のようなものが御利益にあやかっていつしか市が出るようになったという感じだろうか。
通り沿いには見渡す限りの露店が軒を連ねていた。
……と言っても、道の広さも相まってボロ市の時とは少し雰囲気が違う。
並んでいるのも、老舗のお菓子なんかだったりする。
「私、こういうところは初めてだな」
「買い物したいか、イベント好きかで目的が分かれるところだよな」
とくにターゲットはないので、ここは観光を目的に来たオロバスさんを第一順位にすることにする。
幸い、見たこともない光景にものすごくうれしそうだ。
「日本の神様ってすごいですね! ほとんど無宗教って聞いてたけど、すごく歴史がある市だって!」
「うん、なんていうか、信仰というよりもはやイベントとして定着している感は半端ないけど」
もっとも買う側にしてみればイベント、売る側にしては「商売繁盛」の意味で恵比須様の日というにはふさわしい。
「実はオレも初めてなんだけど、これはいいな。名店の食べ物が屋台になってるなんて新鮮じゃないか」
「うーん、人込みできるイベントはあんまり来ないけど、来たら来たで面白かったりしますよね。恵比須様は七福神の中で唯一日本起源の神様だし、いいのでは」
忍の問題発言がひっかかった。
「唯一の日本の」
「七福神の他の神様は、日本由来ではありません」
えぇ!?
あれだけ宝船にみんなで乗って、七人まとめてセットみたいなものすごい知名度なのに……
「海外のヒトなんか」
心の声はそのまま疑問になった。
「インド、仏教、道教の起源だと聞いたことある」
「……なんの疑問にも思わず、日常に取り込んでるところが日本人だよなー」
あははは、と笑いながらダンタリオン。
七分の六が日本の神様じゃなかったとか、すごい節操のなさだ。
「大黒様なんてインドの破壊神のシヴァが元らしいよ。なんであんなに平和主義みたいな顔してんだ」
「それオレが聞きたい」
「それはね、シヴァ神のサンスクリット名、マハカーラの直訳なの。マハは大、カーラは黒、の意味」
「……日本人、いくらなんでも直訳で命名とか安直すぎないか。……って、あれ?」
会話に挟まった、聞いたことのない女の人の声に振り返る。
そこには神魔のヒトが立っている。
羽衣をまとい冠を付けて琵琶を持つその姿……確実に見覚えがある。
「……弁天様ですか」
「そうよ、人の子さん。悪魔さんもこんにちは」
「! まさか、日本の神が……現れた!」
いや、いま純国産じゃないって話だったよね。
7分の1が恵比須様なら、このヒトも海外のヒトなんじゃなく?
オレの当然の疑問は、異様に盛り上がっていたオロバスと店を見ていた忍が戻ってきたことで、解決の糸口を見た。
「あれ? ……その姿はまさかの弁財天様」
「神魔が多いから、普通に歩いていると特に目を引くこともないわね。不思議な国になったこと」
「この国の神様ですか。はじめまして! 魔界のオロバスと申します!」
いや、フレンドリーをここで発揮してる場合じゃないから。
ふつうに日本の(?)神様、出てくるのスサノオ以外初めてだから。
しかもこれ、普通に人波に紛れてるんですけど……?
そう考えると疑問がてんこもりになりそうだ。
「……弁天様……は、日本の神様ですよね。それともサラスヴァティ様ですか?」
「良く知ってるわね。サラスヴァティは私がこの国に伝えられ、この国の神になる前の名前」
「……それって同一人物ってことでは」
「違うの。『彼女』は今もサラスヴァティとして存在している。私たちはそれを信じる人の存在によって、姿も名前も、存在の数すらも変わる。そんな存在でもあるのよ」
……よくわからなかったが、つまり、弁天様はもう日本の神様で、元々の神様もまだ信奉者がいる限りそっちにいるっていうことだろうか。
「私の今の姿、力はこの国の民が私に与えたもの。そして私は日本の弁財天」
「……と、いうことは他の七福神もそれぞれ、本来の存在とは分かたれてこの国の神である。そうみても構わないということか」
「そうです。魔界の公爵閣下」
そしてにっこりと微笑む、確かにその姿はどこかオリエンタルな印象も交じって見えた。
「長らく、あなたがた異教の神々には人を守ってもらっていましたが、このような時ですからできることを少しでもしようかと」
「神々っていうか、これ悪魔ですけど」
「いい機会だから教えといてやる。秋葉、お前、ソロモン七十二柱の『柱』が何か知ってるか?」
途端に、ふられた。
……なんか普通に柱が七十二本あって、それが象徴的とかそこに封じられてたとか、遺跡的なイメージが脳裏をよぎる。
「はずれだ」
思考は読まれていないはずなのに、はっきり言われた。
「柱っていうのはこの国じゃ、神様を数えるための単位なんだよ。七十二柱、直訳してしまえば『七十二神』」
「そうなのかーーーー!!!?」
「柱が物理的に存在するとか勘違いしてる人は相当いるよね」
忍は知っていたっぽい。
「悪魔だろうが神だろうがどっちでもいいけどな」
「とりあえず、この国以外ではどこへ行っても七十二の悪魔(72daemons)と呼ばれているよ。なんだかみんな一緒に並べて扱ってるところがすごく珍しい国だなって思ってたけど」
すごくうれしそうにオロバス。
神魔、という言葉は一般の感覚にあわせてそう呼ばれていただけなのか。
「柱」がそういう意味だとすれば、この国にいるすべての人間ではない存在は神になる。
……あれ? そもそも神様ってなんだっけ。
ていうか、なんで大黒様は直球ストレートに訳しておいて、悪魔はカミサマカウントになってるんだ。
それ以前に、こいつがカミサマとか認めない。
「どーした」
「いや、オレの中で結論が出た。だから先に進めよう」
いつにない意志の固さでもってそういうと、なんだかわからないと言ったダンタリオンの表情が返ってきたが、ささいなことには違いない。
「それで……いままで姿さえ現さなかったこの国の神様が……ましてものすごく有名な弁天様が現れたのはいったいどういう?」
忍が進めてくれた。
「私たちは、福を授ける存在。この国を守る結界を張るよりも、戦いよりも、ただそうして幸を授ける。……このような時だからこそ、せめて力になろうと相談して」
「相談、ということは他の七福神も?」
「えぇ。もうすぐこの先の、宝船を模したステージでなげもちの神事が行われるの。そこに全員集まるから、ぜひいらしてください」
行きます!!と鼻息を荒くしそうな馬のままの姿でオロバスさん。
人間の姿にもなれるらしいが、今日の日本橋は人間神魔入り乱れているのでみんな気にしない。
そして、弁天様は去っていった。
「……なんか、信じられないんですけど」
「ナチュラルに出てこられたからな。ホントに日本の神様?ってなるところだけど、あれはふつーにコスプレじゃなくてカミサマだ」
「ぜひ行ってみたい」
これはよくよく考えたら、センセーショナルな事件だ。
神魔の存在は広く知られ、この街の人間も慣れているが、文字通り、民衆の前に「この国の神様」が現れるのは初めてなのだから。
それはただの恒例のイベントとしてしか認識されていないせいか、まわりの関心はさほど大きくない。
オレたちがそこにたどり着くのは容易だった。
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