曇天(4)ー集う所縁の者たち

司さんは一瞬こちらに気を取られたものの、傾いだビルの残骸を足場にして迫っていた天使を叩き落としている。


冷静になってみると、確かに戦況は人間に優位のようだった。


前回より、天使の数はずっと多い。

だが、結界のほころびが小さいのか、二年前のあの時よりは数が少ない。


エシェルの警告を考えると、大挙すると思われたが……


「本当に……? これ、退けられるんですか」

「もちろん、長引けば不利にはなる。結界の外にはまだ入ってこられないのが、無数にいるようだし。けど、修復が済めばこれ以上は増えない。君たちの情報のおかげで先手を取ることができたんだよ。危ないことは危ないけれど、君と戸越さんの功労だ」

「いや、待ってください。だったら忍は?」

「……それが、情報部にも連絡を取ったんだけど……」


そこではじめていつも通りの表情だった清明さんの顔に一抹の不安がよぎるのをオレは見た。


まさか、いなかった?

いや、ありうる。


人手は足りてる → いなくても問題ない → 他に何かできることないの → 現場行ってみよう


みたいな図式を容易に考える人間だ。

それくらいはオレでも簡易的なパターンで推測できる。


「あいつ、絶対この辺に向かってますよ! 連絡してみていいですか!」

「すまない秋葉くん。結界内は一切の邪魔になるような通信はできないようにすべて圏外になっている」

「あっ」


清明さんに言われてスマホを見ると都心のど真ん中であるにもかかわらず、本当に「圏外」になっていた。


「こうなると、気が気ではないな……」

「それ、オレのセリフなんですけど……」

「結界への出入りはできるんだ。民間人は退避させているけれど……」


そこにザザッとノイズが入って、一瞬遅れで清明さんあてに無線が入った。


『神魔と思しき存在が、結界を超えて入ってきました。人間も一緒のようです』


結界を超えると感知するのか術師同士の連絡のようだった。


「人間が一緒……戸越さんの可能性が高いかな」

「……いや、オレどっちかっていうと」


なぜか、神魔と思しき存在、ということろで引っかかってしまった。

まっさきに脳内に浮かんだのは、忍ではなく不知火と森さんだった。


まさか、まさかな!


アスタロトさんと忍とか、そっちの方が高確率だろ!


あとから正解が出てきたところでヘリが着陸。

変なところで笑いが出そうなところに声がかかった。


「君、こんなところでどうしたんだい?」


アスタロトさんいたーーーーーーー……


「アスタロトさん!? え、と……忍とかこっち来てないですよね」

「こんなところに来たら、



死ぬよ?」



ズバ。


文字通り死ぬっていうか、襲ってきた天使を逆に手刀で貫いてそのまま払う。

……このヒト、実はめちゃくちゃ強いんか。


よそ見しながら最下級とはいえ、天使を無情に追い払っている。


「ていうか、今の発言からすると、オレ、死にませんか」

「一人で、っていう意味だよ。ここまで来るのがまず危ない。ここまで来られたら、まぁ誰かしらが守ってくれると思うし」

「アスタロトさんは助っ人を?」

「見物に来たら絡まれたから、仕方ない、ここで人間のみんなと見物しつつ露払い」


あくまで遊びかぁぁぁぁぁぁ!


「ダンタリオンが君を呼んだのも知ってるよ」

「当の本人は?」

「あの辺で天使狩り」


あの辺というのは、明らかに人間がいけないような高い場所だった。

高笑を響かせながらド派手に魔法?を打ちまくっている。


前回の憂さ晴らしみたいに見える。


「……オレが来た意味は」

「単に巻き込みたかっただけじゃないかな」


うん、まぁ何か親切で呼ばれたわけでも役があって呼ばれたわけでもないことはわかってたよ。

あいつに指名された、って聞いてから。


「アスタロトさん、引き継ぎます。手薄な箇所があったら手伝ってもらえると有難いです」

「いいよ。あんまり荒らされるのはいい気分じゃないからね」


清明さんとアスタロトさんの、戦場とは思えないトーンの会話。


「そうだ、アスタロトさん。忍がこの辺に来てそうな気がするんです。もし良かったら探すの手伝ってもらえませんか!」


用がないならオレがここにいる意味はないだろう。

それより、結界の外に出て連絡を取るかこの辺りに来てるなら探す方がよっぽど役回りがある。


「……手伝わなかったら君ひとりで探すの? ここに来るまでに死ぬよ?って言わなかった? 来るまでに死ぬなら行くまでにも死ぬと思うんだけど」

「……すみません、普通に一緒に探してもらえませんか」


オレは言い直した。

しかしアスタロトさんはどこぞの誰かと違って意地が悪くそういっているわけではない。

真実を述べているだけだ。


案の定、頼みなおすとあっさり了承してくれた。


「結界を通った痕跡はここから北北西です。310度くらい」

「了解。まっすぐ行けば会えそうだ」


清明さんがそれらしい方角を教えてくれる。

310度がよくわからないんですけど…


アスタロトさんには正確に伝わったみたいだから良しとする。


「じゃ、秋葉、行こうか」

「!?」


オレはオレより細いアスタロトさんの小脇に抱えられた。


「え、ちょ、このかっこで行くんですか!?」

「急いでるんだろ? 君が走るより早いと思うよ」


と次の瞬間、文字通り人間の跳躍力を超えた勢いでいきなり倒壊したビルのがれきの上まで跳ぶ。

着地したと思ったら、すでに次の一歩だ。

その一歩がまた、色々な意味で絶叫マシン並みの威力がある。

絶対喜ぶ奴は喜ぶが、オレは悲鳴をあげたいところを心の中だけにして……たつもりだが、実際は悲鳴を上げていたっぽい。

よく覚えていないくらい、目まぐるしかった。


止まるまでの時間は本当に、絶叫マシンに1回乗った程度のものらしい。


「大丈夫かい?」


大丈夫……じゃないです。

しかし、アスタロトさんが止まったことには意味はあった。

その向こうから、何かが同じようにして瓦礫の上を跳んでくる。

不知火だ。


そして、そちらもまた、瓦礫の上に立つオレたちに気付いた。

見渡すのにちょうどよかったが、話はしづらいので、どちらからともなく、平坦な道路の上に降りた。


その背には、森さんが乗っている。

そしてその後ろには忍が。


「……オレの想像は、どっちも当たりなのか」


予想じゃない。ありもしないなんとなくふわっとしたものだったはずだ。

それが二人とも目の前にいるわけで。


めまいがしそうだ。


「秋葉、どうしてこんなところに?」

「それはこっちのセリフだよ! 『石』について知ってる奴らに指示があったんだ。お前は大人しくしてたら今頃、本隊に合流できてた」

「……そういうことは早く教えてほしい」


言いながら不知火からいったん降りる。

しかし、問題は……


「森さんがどうして?」

「野暮用」

「いや、そんな男らしい言葉で片付けられても」


アスタロトは初見であろう森さんをじっとみつめている。

それに気づいたのか、森さんは不知火の上から、その姿を見返した。


「君が司の妹か」

「アスタロトさんですね。話は聞いてます」

「そう、はじめまして。……と挨拶をしたいところだけど……」


ドォォン!

背後で爆発音が響く。

いや、今のはビルが倒壊した音か?


いずれにしても地響きがするレベルだった。

振り返るともうもうと土煙が上がっていた。

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