曇天(5)ー合流
「どうやら形勢が逆転してしまったようだよ。天使の気配がずいぶん、増えた」
「!」
オレたちにはよくわからない変化を、アスタロトさんは察知していたかのようだ。冷静にビルの陰になっていて見えない中層あたりを軽く見上げている。
「忍ちゃん」
「わかってる」
そして、忍は再び不知火に乗せてもらう。
「待った! 忍はともかく森さんは部外者でしょう!? これ以上は絶対だめですよ。忍もなんとか言え!」
「でももう役目ができちゃったし……どうせターミナルにいてもやることがないから出てきたんだけど、こっちの役の方が重要」
「こっちってなんだよ」
「秋葉もくればわかるよ。……必要ない方がいいことだけど」
「あっ、待て……!」
そう言い残すと、不知火が再び地面を蹴った。あっという間に距離を開けられる。
「……確かに彼女らが行けば、更に盤面がひっくり返るかもね」
「アスタロトさん、何か知ってるんですか」
「いいや、そんな気がしただけ。ボクらも戻ろう」
冷静になると向こうがこちらに距離的には近かったのですぐに追いつくことはできた。
というよりも、拠点付近のがれきの上で止まっていて、二人は不知火から降りてそれを見ていた。
「秋葉、ここからは君はダンタリオンの言う通り、見物……というと聞こえは悪いから、ちゃんと見届けるんだね」
「見届けるって、何を……?」
「ここで起こっていることさ。何も参加するだけが能じゃない。君の役目は、一度目と同じ。第三者として眺めること」
ダンタリオンは、優勢と判断して指名したはずだ。
そして戦況が見えるところまできたオレは……そこに地獄を見た。
「……死者はまだ出ていないよ。けどこのままだと押し負ける。神魔は上空の侵攻を抑えるので手いっぱい。下層は人間が相手にしているけど、……助っ人でもいないとまずい感じだね」
このほんの数分で、地面に落ちていなかったはずのものがたくさん落ちていた。
主に赤、赤、赤。
赤い液体が飛び散ったようにあちこちに鮮やかな色合いで跡を残す。
清明さんたちの姿はなく、拠点となっている場所には数名の特殊部隊の護衛と、情報部の人間、それから見知らぬ術師たちがそこを死守していた。
それ以上に、戦闘不能になった人たちの姿がそこにある。
「なんでこんなことに……」
「君は早くあそこに合流した方がいい。ボクもちょっと手伝ってくるよ」
そういうとアスタロトさんはほとんど音を立てずに、次の瞬間にはずっと高い場所にいた天使を「捌いて」いる。
助っ人。
というより、こうなると主戦力だ。移動の護衛とかそんなものを頼ってはいられない。
それに、変わっていたものもあった。
天使の、その姿。
二年前に来たそれは、一様に翼をもった人の姿……つまり、天使と言われて普通の人間がするイメージそのものだ。
けれど、増えたその中には、明らかに人の姿をしていない異形のものがあった。
神魔ではない。
なぜかそれがはっきりとわかる。翼をもつ神はいないこともなかったが、天使の中で共通するのはそれだった。
人の顔をした獣の体に、翼がついている。
そんな理解不能な存在を見上げながら、オレは森さんと忍のいるところまで自力で移動して、そちらと合流する。
「来てよかった」
森さんが言った。
「こんなところにですか!? いくら不知火がいても危険です。早くすぐそこの拠点に避難を……」
「秋葉くん、避難するくらいなら初めからこんなところには来ないものだよ」
「え……」
言われていることがわからず、オレは見返したが森さんは小さく笑っただけだった。
「忍ちゃん、お願いできるかな」
「そうだね、そういう意味では直接来ないで森ちゃんと合流できたのは、よかったんだろうね」
「待て、二人とも言ってる意味が分からない」
「わかるよ。とりあえず、秋葉は離れてた方がいい。……後で司くんに怒られても知らないよ」
何する気なんだこの二人は。
言い知れぬ不安を覚えるが、皆目見当はつかない。
しかも、何か妙に悟りきったような静けさが気になった。
劣勢。
けが人が増え始める中、オレは言われた通り離れる。下に降りたところで、再び轟音が響いた。
「! ビルが……」
そこに影が落ちる。
無機物の影じゃない。明らかに自力で羽ばたいているそれ。
翼を打つ音がかなり近い場所で鳴った。
天使だ。
ここは戦場のど真ん中からは少し離れている。
拠点には近いがそこから、駆けつけてまで拠点を留守にするのはそこの人たちの役目じゃない。
オレは、それを見上げることなく、迫りくるどうしようもない死の影を肌で感じるだけだった。
しかし。
ギャアっ
短い、醜い声とともに翼が散って緑色の体液をまき散らしながらそれはオレの足元に落ちた。
我に返ったように顔を上げる。
そこにいたのは本須賀葉月だった。
「どうですか? 腹の立つ人間に助けられた気分は」
「……助ける人間と、そうでない人間。選ぶんじゃなかったのか」
「今はそんなことをしている場合じゃなさそうなんで。ね、私、強いでしょ?」
余裕の笑顔。
確かに彼女はかすり傷一つ負っていなかった。
ふふ、と笑った顔がけれどオレにはどこか薄気味悪く見えた。
その視界の端では、すでに動けなくなった血まみれの同僚がいる。
誰もかれも、天使を止める、というよりまず仲間を救うのに必死だ。
なのに、なんでこの女、笑ってるんだ。
「助けてもらったことには礼を言う。強いことも認めるよ。けど、そんなに強いなら、まず仲間を守ってやってくれよ」
「言われなくても行きますよ。余力があるから助けてあげただけだもの。大丈夫、ちゃんとあの子たちは追い返しますから」
天使に対してもあの子、という言葉を使うのか。
本須賀は、それだけ言うと戦場の真ん中へ戻っていった。
けれど。
その余力があるなら、どうしてこんなふうに怪我をしている人間がいるんだよ。
司さんなら、絶対に守りの方に入る。
それともオレが現場を知らないだけなのか。
オレは無意識に司さんの姿を探した。
司さんは、戦線の最下層……つまりは地上まで降りていて、道路に片膝をついている。
目を付けられたかのように天使たちがその少し上から狙っている。
流れている血は、自分のものだろう。傷だらけだった。
その足元には満足に身動きが取れなくなっているらしい、隊員の姿が二人ある。
すぐに、駆けつけたほかの隊員の中には御岳さんもいて、救護者を残りの人間が運ぶ。
何を話しているのかは聞こえないが、二人は何事かを叫びあって、司さんも立ち上がった。
天使が一斉に躍りかかった。
ウォォォーーーン
しかし、それは、突然の獣の遠吠えにより。
意外なことに人形のような天使たちが一瞬、動きを止める。
当然に、御岳さんも司さんもそれを見逃さなかった。
しとめる。
上空の天使は足止めされ、下層の天使は形勢逆転とはいえないまでも、それで大分数を減らすことができた。
「森……?」
不知火の存在は瞬時に認識しただろう。
けれど、改めて声の方を見た司さんは、そこにある姿をいぶかしそうに確かめた。
「司! 先行くぞ!」
御岳さんは先陣を切って、第二波を迎え撃つつもりだ。
地面を蹴ってやはり瓦礫の上を移動しながら上に向かった。
「どうして森が……」
立ち上がったまま、そちらをどこか呆然と見ている。
その間を、忍が身一つで瓦礫から降りて、繋いだ。
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