天使再来(3)ー結末
「……引きずり降ろすって……どうやって?」
現状、天使はそのまま。オレも特にすることがなく、車外で薄型の端末に向かう忍の横で、こそりと声をかける。
結界の強度を信用してか、忍には危機の色はもちろん、大方事実を把握して、冷めたかのように動揺もしていなかった。
「もう、すぐそこに神魔のヒトたちが来てるから、たぶん、司くんが合図を出し次第、上空から下に落とすように動くと思うよ」
天使のいる高度は、下から銃で撃つとかそういうものでも少し遠すぎる。
人間に被害を出さずに、排除するのであれば届く位置まで神魔の力を借りるのは、一番の得策なのだろう。
事実、向こうは動かないのでこちらから動くしかない状況だ。
これは幸いというべきなのか、それとも腑に落ちない状況というべきか。
全員の準備が整ったのを確認して、司さんは回線のすべてにつないだ。
「戦闘を開始する」
まるで模擬戦だ。
その一言で、天使の元に、いくつかの影が飛んだ。
神魔、だろう。
逆光線で誰なのかはよくはわからない。
いわゆる魔法のような爆発が上空で起こり、天使たちが動き出す。
敵、とみなしたのか急に動きが変わった。
速度を上げ、神魔の攻撃を退け、そして、下方……
オレたちの方を、一斉に全員が向いた。
司さんたち特殊部隊はそれを合図にしたかのように、この場を離れる。
この急ごしらえのターミナル……人間の集まっている場所に目をつけたかのようだったが、特殊部隊が動くことで天使たちはそちらに狙いを定めた。
動くものを追う。
まるで獣だ。
「神魔、ポイントK-3へ天使を落とします」
「特殊部隊員の到着予定時刻は0:03:14。天使想定落下数は四体です」
これはどこへつないでいるのか。
あくまで想定は想定でしかないだろうので、実践投入されている司さんたちがあてにしているとは思えない。
実際、その時刻はすぐに訪れたが、正面の大通りに落ちてきたのは三体だった。
ただし、全ての天使が特殊部隊を狙ってきたため、いずれ地上付近で迎え撃つ形にはなった。
それこそあらかじめ想定していたのか、すでにビルの3階付近で待機していた白い制服が、窓を突き破って側面から奇襲をかけた。
一閃。
白い翼が消し飛ぶ。
見た感じ、神魔よりずっと弱そうだ。
無論、人間が触れられたら、2年前と同じ……ただの一度で塩と化してしまうのかもしれないが。
「∑(シグマ)波の増幅確認。被弾ポイントはK地点及び、ターミナル現在地」
「え、ちょっと待って。ターミナル現在地って」
問うまでもなく。
上空に逃れた天使の数体の内、一体がこちらに向いている。
ビルを破壊した光の矢。
あれが放たれようとしている。
しかし、上空から張っていた神魔が妨害し、司さんが追撃で優先してそれを落としてくれたため、事なきを得た。
「天使残数、3」
あっというまだった。
神魔と人間の合同部隊は、あっというまに残数の少なくなったそれを撃破していく。
一体は、地上にいる部隊員へ強襲をかけたところへ、両脇から同時に攻撃を受け、
もう一体は、空へ逃れようとしたところを神魔が取り囲み、
最後の一体は、目で追い切らない内に道路にたたきつけられてそのまま上から潰された。
……正直、気味がいいという光景でもなかったが、結果的には無血だった。
誰も死ななかったし、怪我もせずに済んだ。
ただ、街を再び破壊した恐怖と、遺恨のような消化しきれない感情を残して。
* * *
撤収作業の折。
「なんだ、お前らも来てたのか」
簡易ターミナル基地局へ戻って来た特殊部隊といっしょに、参戦していた神魔たちもやってきた。
「……やっぱり公爵だったんですか」
「やっぱりって何。お前、見えてた?」
オレにはなんとなく地上付近の司さんたちの方が気になって、上層を行きかう神魔のヒトたちはあまり判別できていなかった。
「見えていたというか、最後の潰し方が公爵っぽいな、って」
最後の天使は、確かに酷い「潰れ方」をしていた。
それをやったのは、ダンタリオンらしかった。
「……お前……やるならもう少し、人間にトラウマとかないように……」
「その人間が、飼ってたんだろ? さすがに聞いた瞬間、ちょっとイラっときたな」
「それは上のお偉方だろ! ここにいる人たちだってお前と同じなんだよ、知らないで前線に駆り出されてんだよ!!」
「…………」
別にものすごく真面目に訴えたわけではないのだが、真理だったのか、ダンタリオンは珍しくそれを真に受けたようだった。
「……まぁ、そういうことになるな。割を食ったのは司か」
そう、神魔にしてみればうっぷん晴らしで潰す程度の数だったかもしれないが、人間にしてみれば脅威だ。
まだ記憶が浅いことも相まって、感情的にも恐怖だとか、克服しなければならないものは多いだろう。
ダンタリオンは不機嫌そうだった表情を平静に戻すと、振り返って少し集まっている特殊部隊の面々を見た。
「ともかく、死傷者が出ないのは何よりだったな。けど他の神魔についても今回の件はただじゃ収まらないぞ」
「でしょうね。そこは公爵や今回、協力してくれた神魔の方々が、こっぴどく上をしかりつけてくれれば隠蔽とかないと思うんで……こっぴどくやってください」
忍が、二度言った。
そう、オレたち人間の下っ端が何を言っても、権力をかさに来ているような人間は、聞き入れない。
そういう人間こそ、自分たちより上の存在の言うことには、逆らえずに下出に出る傾向も全く否定できなかった。
「わかった。任せろ」
それに関しては、本当に任せてもいいだろう。
ダンタリオン本人が腹立たしいと思ったのだから、そこはとことん潰してくれるはずだ。
そんなことで頼りになるのもどうかと思うが。
「本当に、お前以外の神魔のヒトには申し訳ないわ。結局、人間のせいで騙されて協力したようなもんだもんな」
「なんでオレ以外なんだよ」
「お前は鬱憤ハラスメントにパンチ入れて来ればいいんだよ。善意で手伝ってくれてるヒトになんて顔したらいいんだ」
これはオレが外交官だから抱く感想だろう。
オレ、一応、日本側の顔だったんだな。
自覚がほとんどなかったけども。
「秋葉も司くんも私たちもみんな、同じ立場であるわけだけど、そうだね、直接かかわってる人とそうでない人には、罪悪感の違いはあるよね。……あと、すごい腹立たしさも」
うん、お前も利用されるの嫌いだもんな。
あまり表に出ないが、自分が大事にしているものはもちろん、人が大事にしてるものも傷つけられたりすることを、すごく嫌う。
この場合は、やはり国の事情で、一番危険な目にあった特殊部隊の人たちのことを思ってだろう。
なんだかんだいって、腹の底は、お人よしだ。
「ともかく」
萩野チーフが撤収直前に確認をとった。
「今日見聞きしたことは近江君だけでなく、我々全員にとってトップクラスの機密事項だ。許可のあるまで外部流出はしないよう」
「隠蔽される前に、公爵、お願いします」
「任せろ」
煮え切らない組が、再び何やら密談を交わしている。
「大丈夫ですか、司さん」
「……あぁ、幸い死傷者も出なかった。それに」
再び空を振り仰ぐ。
やはり「あの日」のように、良く晴れていた。
「今後、本当にこういうことがないとも限らないんだ。そういう意味では、経験として取り入れておくべきだろう」
……平和になったこの二年間。
平和な日常だからこそ、「またそれが来る」ことを考えている人間は多くないだろう。
トラウマを持つものはいても、未来に対する危機感とそれは、別のものだ。
けれど、司さんは、いつ来るかもわからないその時を、
その可能性を考え続けているかのようだった。
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