4.地下、迷宮駅構内にて
「…………痛ぅ……」
「新しいお客さんだ」
落ちて、しこたま地面に身体を打った。
同性の声で、上体を起こして痛む背中をさすりながら顔を上げる。
そこにいたのは、高校生くらいの少年だ。
まだ、身長が伸び切っていないところを見ると高校1,2年か、それ以下か。
「女の人もいるね。……というか、二人とも、その白い服。さっきの人の知り合いかな」
何が面白いのか、少年はあはは、と笑いながらこちらを見下ろした。
受け身を取る練習なんてしたことはないが、オレも忍もケガはないようだ。
「さっきの人って……」
「あぁ。あの人ならジンと遊んでるよ」
「ジン?」
少年を見ながら、その背景でどういう場所かなんとなくわかった。
地下鉄の構内だ。
あの駅にそんな場所があったかはわからないが、相当広そうに見える。
その視線に気づいたのか、少年は両手を広げて、その先を誇示するように示した。
「オレの地下迷宮にようこそ!」
「……地下迷宮?」
「そうだよ。たまにテレビでやってるの知ってる? 東京駅とかで鬼ごっこするやつ」
何を言ってるんだこいつは。
現状で、全く理解が追い付かないが、どこか、イかれていることはわかった。
「……それはたくさん人がいて、そこに紛れるから意味があるのでは?」
「人なら結構呼んだんだけど、みんな持っていかれちゃって」
「誰に」
「あんたたちと同じ白い制服着た人だよ」
「!」
浅井さんだ。
すると「ジン」というのは、神魔の類か。
元よりこんなことができるのは、人間ではないだろうが……
オレは無意識に忍に視線を送る。
忍はちょっと遅れて、それを合わせてきた。
そして、先に口を開く。
「じゃあジン、っていうのは精霊か何かかな。あの人が相手にするってことは、神魔の類だと思うけど」
「そうだよ。なんでも願いを聞いてくれるっていうから」
「……そんなこと、できるの?」
少年は、素直な忍の問いに気をよくしたようだった。
立て板に水、とはこのことだろう。
ぺらぺらと得意げにしゃべりだす。
「できるよ。オレも半信半疑だったけど。段々大きな願い事をしていったんだ。こんな遊び場まで作ってくれるなんて、神魔ってすごいんだな!」
段々大きな願い事。
この地域で起こっていた事件。
さすがにオレでもすぐにつながる。
「じゃあ、動物を殺したりしたっていうのも?」
「なんだ、あんた、この辺の人? そうだけど。説教でもする気?」
さすがの忍も確認のために、それを口にしたそれには不快感が滲んでいた。
こういう時は、任せた方がいいと思うが、表情を見て声をかけるべきかと口を開きかけてしまう。
その態度に、すこし目つきが鋭くなったのをオレは見ていた。
「忍」
「……大丈夫。聞きたいことがまだある」
駅構内、つまり地下空洞。
声は潜めても響くように聞こえてしまう。
「何でも聞いてよ。どうせ出られないんだからさ」
無駄に自信があるようだった。
他人の力を自分のものと思い込んでいる典型だな、これは。
オレはただ、呆れる。
「説教はしない。その上で教えてほしいんだけど」
その切り口に、少年は少しだけ意外そうな顔をした。
何をしてきたのか、わかっているならまず、罵られるなりするとは思っていたのだろう。
基本的に、忍の言うことは想定外だ。
「どうして犯罪じみた『お願い』ばかりをしたの? 他にもっと楽しいこともあったでしょう?」
「なんだ、そんなこと」
忍は概ねこの地区で起きたことをリサーチ済のはずだ。
オレが聞いただけでも、窃盗から器物破損、それも生き物の命を奪うところまで来ているのだから相当だ。
また「ただの疑問」口調に戻った忍に少年は答えた。
「普通に生きてたら、できないことばっかりじゃないか」
そういって、足元に転がっていた小さなコンクリの欠片を、靴先で蹴飛ばす。
忍は、軽く左腰に手をやってそれを眺める。
その指先に、小さな端末がコートのポケットから取り出されて握られるのをオレは見た。
おそらく、レコーダーだ。
「窃盗も動物虐待も、自分の手でやればできないこともないと思うけど。……そのジン、っていう神魔? 精霊の類かな。それにやらせたってこと?」
「バッカだなぁ。自分の手でやったらバレちゃうじゃん。そりゃこんな地下迷宮作っちゃったらバレるも何もないけど、あいつの力がすごいってわかったし!」
今のは確認だろう。
レコーダーに入る前の質問を繰り返して、記録したのだと思う。
高揚状態に浸っている少年は、答えることが力の誇示になると錯誤してか、まともに答えている。
質問は続いた。
「地下迷宮で、鬼ごっこ……正直、東京駅で警泥(ドロケイ)は私もやってみたいと思った」
「! だよね、でもふつーじゃできないって!」
少年はパーカーのポケットに手を突っ込んで、大ウケしている。
これは同調したわけじゃなく、素直な忍の感想だろう。
……そこは、素直に応じなくていいから。
しかし、そういう時は事態を好転させる確率が高い。
という司さんがいつか言っていた言葉が思い浮かんだ。
……「そういう時」がこういう時、だったかどうかはともかくとして。
「でも、ドロケイじゃなくて君がやりたいのは鬼ごっこだったんでしょう? どうやってやるつもりだったの?」
「オレもドロケイの方が盛り上がると思ったんだけどさ~お姉さんみたく面白がってくれそうな人、いないんだよね」
当たり前だろ。
と言いたいが、黙っておく。
「だから鬼ごっこ。逃げられなかったらオレの勝ち~」
「ということは君が鬼なの? ……それとも鬼はジンって神魔?」
「そうだよ。ぎゃあぎゃあ逃げる人追いかけたってつまらないじゃん。ジンが鬼。捕まったらおしまい」
「その意味は」
「鬼に捕まったら、食われるなんて、ふつーじゃね?」
普通じゃない。
この時、オレはこの男子学生がイかれてるなんて表現のレベルを通り越して、狂気と正気の区別がつかなくなっているように感じていた。
「『ジン』って鬼じゃないよね」
「うーん、本人が言うには精霊みたいなもんだって。魔法のランプとかそういう感じ?」
「そもそも、君はどこでそのジンを見つけたの。魔法のランプっていうくらいだから、何かに入ってた?」
「そ。海で拾ったんだ」
そこで初めて忍はオレの方を見た。
多分、新情報が入った、くらいの意味だと思うが……
「拾ったのって、持ってる?」
「何、見たいの? 持ってるけど、簡単に見せるのはなぁ」
「じゃあ、隣のお兄さんが遊んでくれるから、その間見せてくれない?」
「ちょ、いきなり降るか!?」
その反応に、更に少年は笑って、忍に気を許したらしい。
……と、言ってもここから出すとかそういうことでないのは明らかだが。
「お兄さん、何して遊んでくれんの?」
「……いや、そもそも鬼ごっこの話、どうなったんだ?」
「あぁ、あの白い服の人が殺されたら始まるんじゃないかな。それまでは延期だよ」
まずい。
それはまずい。
明らかに浅井さんは交戦中だ。
実は悲鳴や何かの破壊音が時折、遥か後方から聞こえていた。
響いてはいるが、遠いのもわかる。
「二人ともよく見ると服も少し違うし、あの人みたいに武器も持ってないし、戦えない人だよね?」
「先に君がここに連れ込んだあの白い服の人は、武装警察だから特別だよ。私が同じ能力を持っていたら、まず君を捕獲するもの」
「そりゃそうだ」
どうしてそんなに素直に話すんだよ。
と言いたいが、忍は「情報料」と片手を少年につきだした。
意味が分かったのか、少年はポケットから何かを取り出す。
寝かすと手のひらほどの高さのある、緑色の小瓶だった。
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