5.デス・ゲーム
「こんな小さいのに入ってたんだ」
「神魔ってなんか、すごいよな」
「まぁ……霊的な存在だから」
普通に話してるお前がすごいよ。
眺め透かして小瓶を見ている忍。
その間に、再び破壊音が響いてきた。
さすがに今のは大きかったので、そちらを見る。
「……ジンは、君にこうしたらいい、って提案しなかった?」
「なんでわかんの?」
けろりと返す。
どうやらこのデスゲームは、その神魔にそそのかされてできた状況らしい。
もちろん、この少年も罪悪感に欠けるところはあるようだが……
「なんとなくね。君も段々ものたりなくなってこういうことになったんでしょ?」
「そうだよ。動物が死ぬところみたら、意外と平気だったから人が死ぬところも平気なんだろうなと思ったし、今どき、誰だってゲームでやってるだろ?」
慣れだよ慣れ。
と、恐ろしいことを言っているが、だからこそレーディングという基準ができるんだろう。
そんなものは無いに等しいので、何か勘違いするとこういう輩も出てくる。
「きゃああ!」
「わあぁ!」
「!」
その時、響く悲鳴が突然に大きくなった。
「まずいぞ、忍。まさか、浅井さんが……」
「現れていきなり暴れなかったことを考えると、そのジン、っていう神魔は『神魔』より弱いとは思う。閉鎖空間に持ってきて、暴れるつもりだったのかはわからないけど……」
「行ったって無駄だよ。人間が勝てるわけない。加勢なんかしたらすぐに殺されちゃうからね。オレだって巻き込まれたくないからここにいるんだし」
そもそもが。
自分もここで殺される可能性については、考えないのだろうか。
人を殺そうとする神魔の恐ろしさくらいは、オレでもわかっているつもりだ。
行かないのは、確かに賢明にしても。
「私たちはね。……せめて……」
「……?」
「あ、いや。じゃあ余興に、私にジンの相手させてもらえないかな」
「おい!」
また意外なことを言われたといった感じの少年。
瞳を大きくまたたいて、一瞬ぽかんとした。
「彼は武装警察でも手練れだし、下手したらジンの方がやられるよ。その時ここがどうなるのかはわからないけど、ちょっと休戦して私に君の魔神を見せてくれないかな」
「魔神……なんか、精霊とか神魔よりしっくりくるし、かっこいいな!」
「精霊とか神魔っぽくないから。ジンってそもそも魔神の類じゃなかったっけ?」
アラジンと魔法のランプとか、そういうもののことを言っているんだろうか。
いずれにしても看過できる提案ではないが、ここに突っ立っていてもどうしようもないのもわかる、
……オレにこいつを止める手立てはない。
「いいよ、どうせ時間はたっぷりあるんだから。紹介してやるよ」
そして、オレたちは少年について、地下迷宮と呼ばれた駅の構内を歩く。
いくつか、角を曲がるたびに悲鳴や戦闘音の残響は大きくなっていく。
そして。
「ジン! ちょっと止まれよ! 新しい客が来たぜ」
その光景を見てしまった。
浅井さんがその「魔神」と対峙しているのは案の定だ。
が、その後ろの壁際で何人か、血みどろになって倒れて動かない人の姿がある。
スーツ姿の男性、母子(おやこ)と思しき女性と小さな子供、女子学生。
そこから少し離れたところに何十人かまとまって恐怖に震えていたが、それこそ老若男女問わず、何の関連性もなさそうな人たちがいた。
「二人とも……!?」
「あー、巻き込まれました」
こちらを心配して声をかけてくれた浅井さんに、軽い感じで手を挙げ応える忍。
そして、オレに行ってくれと続ける。
「浅井さん、無事ですか!」
「あぁ、いまのところは……でも正直、あれだけの人数をかばいながらはきつい」
霊装や強化を受けている、それでも浅井さんはすでに肩で息をしていたし、服のあちらこちらにも強襲を受けた痕跡がある。
忍の言うことには賛成できなかったが、休ませる意味で時間を稼ぐのは必要だったかもしれない。
これを見越したのかはわからないが。
少年は、魔神とオレたちと三角形の頂点に立つ位置に来ると、異形の姿に話しかけている。
それは背丈は、ホールのような広い地下通路の天井に届くくらいあった。
足元は煙のようで、上体に行くほど気体の状態から凝結して固体となって人の姿を取っているように見える。
色は赤。
燃えるような赤だった。
「で、こっちの人がちょっと休戦して相手してほしいんだって」
「はじめまして。……あなたはジンと呼ばれてますが、ひょっとしてイスラム圏の方ですか」
『ほぅ、俺様のことを知っているのか』
知性はある。
休戦という言葉に浅井さんはぎょっとなったが、オレは手短に状況を伝えるととにかく、一旦下がらせた。
と言っても、オレも一緒だが。
「有名ですよ。アラジンと魔法のランプ」
『それは知らんな。何せ、この国には流れ着いたばかりで』
流れ着いた。あの小瓶に入った状態で、ということだろう。
ということは、正式な入国手続きを受けていない。
制約を受けていない状態ということになる。
これは、浅井さんひとりでは厳しいのは当然だ。
背筋を改めて冷たいものが伝う心地だった。
「私もすごく知っているわけじゃないんですけど、とても賢い精霊だとか」
「そうなのか!?」
少年が口を挟む。
本当に、何も知らないんだろう。
神魔がどういうものか知っていたら、こんな簡単に力を借りたり、立て続けに願いを叶えてもらうこと自体、おかしいと気づくはずだ。
ジンはその反応に恐ろしさを増す縦長の瞳孔を持つ瞳を細めた。
愉悦の色が浮かんで見えるのは気のせいだろうか。
『こんなにも遠い国にも多少、識のある者がいるわけか』
「休戦と言うことで、私は戦っているところを見ていないのでその力を見せてほしいのですが」
「!?」
さすがに浅井さんも意味が分からず、驚きの表情だ。
オレにも全く意図がわからない。
『ふん、俺様の力を見たいというのか』
「純粋に、『邪魔の入らない』状態で、どれくらいの威力があるのかなと」
今のは引っかかる。
邪魔というのはつまり、浅井さんのことで、わざわざ忍はジンに何かをさせようとしている。
しかし、まだまだ魔神は余裕そうで、それで消耗するような雰囲気にも見えなかった。
『言っておくが、この空間は歪んだ場所にある。壁を破壊させて出口を作ろうなどというのは浅慮だぞ』
「……知力が優れているのは証明不要みたいですね。でも、私が見たいのは、例えば魔法なので……あなたはもしかして、イフリートではないですか?」
「「「イフリート!!?」」」
少年と、更に後ろの壁の隅で固まっている何人かから、声が重なって放たれた。
無邪気にその後をつづけたのは、少年だけであったが。
「オレ知ってる! 有名な精霊だよな! ゲームとかもう定番じゃん!」
『この国ではそのようなことになっているのか』
「大体ゲームやってるやつなら知ってるよ。なんだ、早く言えよ! ジンなんて言うからよくわからなかったじゃん!」
有名、という言葉に殊更愉悦感が高まっているように見えるのは気のせいだろうか。
悪い気はしない、とばかりの魔神の様子に、浅井さんは少しあっけにとられている。
だが、この調子なら時間は稼げそうだ。
「この国では炎の精霊として有名ですよ。多分、大抵の魔法は行けると思いますけど……炎の魔法は派手だから、向こうの広いところにどれくらい大きな魔法で破壊できるのか見せてもらえたら、すごく喜びます」
「オレも見たい!」
本気だとしたら、喜ぶのはお前たちだけだ。
しかし、イフリートはその気になったらしい。
『いいだろう。いずれお前たちはここから出られぬ身。我が力をふたつの眼(まなこ)に焼きつけるがいい』
呪文、などというものはなかった。
大きく手をつきだす。
それだけで。
少しの間の後に、炎の渦が巻き起こす、大爆発が起こった。
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