3.「あの日」とは違う【選び】

つまりそれは「役割」ということだろうか。

確かにみんな役があってここにきている。特殊部隊の人たちはもちろんそれをサポートする情報局の人たちも。今回ばかりは忍も好奇心ではなく「役」持ちだ。

そう言う意味では自分は……


「隼人さんじゃないけど、私は見ておく人も必要だと思うよ。あとは自己判断、自己責任で」

「やめて。死亡フラグみたいなの立てるのやめて」


常に組織で上の人間から命令受けて動いている下っ端には、割と難易度が高い要求だ。これ以上聞かない方がいいかもしれない。役があった方がまだまし、みたいなことになってくる。


「じゃあ秋葉の役は『見ていること』で」

「清明さん、それ勝手に決めていいんですか。あ、でもオレ局長にいるだけでいいって言われてたんだっけ」

「立派に命令だから問題ない。じゃあ一緒にいてよ」


珍しいな、とオレは思う。

普段あまりお願い事をするでもないのに、忍の方から一緒にいてくれなんて。何事もないように見えても「天使迎撃」なんていうのは普通に考えたら重責だ。それも参戦組ともなれば……


「来てるのわかってて見えないところでうろうろされてると思うと落ち着かないんだ」

「なぁ。お前らにとってオレの存在っていったい何なの?」

「むしろ忍にはそのまま返してあげた方がいいと思うよ」


あはは、と清明さんが笑っている。全くその通りだ。目を離すと何をしでかすかわからないのは忍の方で。

役があるだけでこれだけ違うのか、とオレは問いたい。


「今日はうろうろすると死にそうだから、しない」


オレもしないわ。


けれど、人の計画を倒してまでうごく人間ではないからそれをするときは「いざという時」なんだろうとオレは知っている。

いざという時が来ないことを祈りたいが……


「さぁ、残念だけどおしゃべりはここまでだ。そろそろ時間だよ」


楽しかった、と言って清明さんが時を告げた。いつのまにか端末機器類の調整も終わったようで、全員が配置についていた。

廊下側の壁際にはオペレーターが大型のモニターに向かい、その手前にはいくつもの中空にポップされた半透明のスクリーンが投影されている。

警察部の少し上の人たちだろう。黒服だが明らかに若手ではない数名がそれらを見て、何事か話していた。


映し出される映像は、地上から見た景色、更に高所の神魔の様子、それから各所に配置された特殊部隊の待機状況。特に、白服の武装警察の映像は、時間を置いて切り替わる。


「ポイントB-09配備完了」

「G-03命令待機」

「E-08 信号確認。待機します」


全てのポイントの準備が整ったのか、やがて通信はわずかに沈黙をした。


『野郎ども、開戦だ』


和さん……他に言い方ないんですか。

だがそれが始めの合図である意味に変わりはなく。護所局長の一言で、オペレーターたちは再び俄かに動き出した。


「ポイントF-028。結界起動確認」

「D-017 接続」

「B地点完了 回帰します」


モニターに映し出される地図は黒を背景に、ごく少ない原色で表されている。色を使いすぎるよりこの方が見やすいんだろう。その中のいくつかに青い光が灯っていく。それらが次第に同じ色の直線で結ばれて、最後の結点が「ここ」だった。


「回線がつながると磁場も繋がる。これをたどって、最後にここに結び付く」


その言葉を最後に、清明さんも自らの務めに入った。モニタリングの声とそれらの現象はリアルタイムでリンクしていた。モニターばかり見ていたがそこには報告の数だけ空に向かって伸びる光の柱が映し出されている。


オレには理解できない印が結ばれるとともに


「ポイントA-00。結点収束確認」


後ろ、窓の外から轟音とともに強烈な青い光を受けて、振り返る。

一瞬だ。だからこそ、そこにあるものをオレは目を焼かれずに見ることが出来た。


今までモニター越しに見ていた「柱」が間近で地上から空に向かって伸びている。


「最後のここに結び付く」。


清明さんの言う通り、モニターと現実に見える光景が同じ速度で展開されていく。柱同士が結ばれノイズの入った青い「壁」をあっという間に作り出していく。


「不思議だね。科学テクノロジーと古から継承された技術が結ばれて、この国を護る一番強い力になる」


清明さんが少し薄茶色の瞳に光を移しこみながら細め、誰にともなくそう言った。けれどわかってはいるだろう。悪魔と呼ばれる今はこの国を護る「柱」のヒトたちがもたらしてきたそれもまた科学技術テクノロジーだったということに。

そして、清明さんの使う術もまた、常人には理解しがたい世界の法則だ。


結局、世界には見えないだけできちんと法則がある。根拠のない「魔法」なんてものは存在しないんだろうということを。


モニターは「壁」を定点カメラからの映像として様々な角度から映し出している。

ここから先、数キロメートルだろう。周囲を取り巻くように青い光の壁ができている。……完全に、この区域は閉鎖、隔離された。


「これ、結界……だよな。こんなに派手になってるけど、外から見たらどう見えるんだ?」


やはりこのフロアと同じように一見何もない街並みに見えるのだろうか。

しかし返ってきた答えは否だった。

もう清明さんも次の作業に入っているので、応えたのは忍だ。


「『壁』が見えるだけだよ。迎撃戦は公になっているからこの辺りに人はいないし、偽装に割く余力があるならこっちに使った方がいいってことじゃないかな」

「そっか。みんな今日が何の日か、知ってるんだもんな」


だからこそ戒厳令が如かれていたわけだ。天使が来る前の日本なら、個人の尊厳がどうの権利がどうのでロックダウンすら許されなかった処置を、今の日本は採ることができる。

けれど、その日が来るなんて、きっとこの三年間で日常を感じた人間は思いもしなかっただろう。


天使が、またあの晴れた空の向こうから、やってくるなんて。


「秋葉、空が開くよ」

「空……?」


オレと忍は広い窓際に立ってそれを見る。

青い空。

良く晴れた、見慣れた空。


そこに突如、亀裂が走りあっ|というまに空には「黒」が広がっていった。

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