2.人は見る【進み】

「上?」


見上げる。周りは新しい高層ビルばかりだ。


「ビルの一つにベースが出来ていて、そこから召喚をかけるんだ。パイモンさんたち転移組もいるから先に会っとけば」


有難い。司さんにも挨拶したいが今は駄目だ。オレが怒られる。

と思っている間に司さんの方が先に来た。


「秋葉」

「はい」


背後から妙にフラットな声をかけられてぎくりとするが


「なるべく安全なところにいてくれ」


怒られはしなかった。あきらめの境地みたいな空気は伝わってくる。


「……ありがとうございます」


司さんも気をつけて、と気の利いた言葉がかけられる感じではないからせめて邪魔をしないようにしよう。


そして、忍と一緒にくだんのビルに上がった。

そこはワンフロアの壁が抜かれていて、地上に劣らない「本部」ぶりだった。


「こっちの方が本部なの?」

「どっちも同じ機能で繋いであるよ。じゃないと戦況がわからないでしょう?」


あぁ、そうか。

本当に「迎撃」をするんだ。思いつく限りの万全の態勢で。


それは戦いという一言で片づけるより、「勝負」であることが真に伝わるような綿密な状況だった。



  * * *



複数の大型のモニターと運び込まれた端末。

機材はすっかり整っているらしく、すでにそれらは導通稼働していて、科学の最先端を行く「何もない」ところに情報を表示させるプロジェクターのテストをしている姿も見える。


「モニタリングできる場所が何か所かにあって、和局長は下、清明さんは上」

「え、清明さんこっち来んの? 下は大丈夫?」

「上の方が危ないから、より強力な結界とかの必要性が云々」

「……待て。オレはより危ない方に来てしまったのか」


今更どこが安全とかどこに逃げようとかそういうのはないが、足手まといにだけはならないようにしようと思った矢先。どうやら危ない方に来てしまったらしい。


「私だって一般人なんだ。秋葉、一蓮托生って言葉、知ってるよね」

「わかった。悪かった。そもそもオレが巻き込んだんだから、同じ場所にくらいいるわ」

「何度も言った。巻き込まれたなんて思ってない。でも秋葉はやっぱり見ておいた方がいいと思うよ。それにほら」


示されて広い窓から遥か下方を見ていたオレは背後を振り返った。

「待機組」のヒトが何人かいる。


「あ、パイモンさん!」

「久しぶりではないか。相変わらずだな」

「あらゆる意味で、相変わらずです」


オレじゃなく、忍がそう応えた。是非もない。


「以前の礼に魔界に遊びに来いといいたいところだが……もう少し先だな」


パイモンさんは魔界の陛下に贈り物を探しに日本に来ていて、魔王などとは知らずに街を一緒に廻った。

礼ということは、パイモンさんの贈り物はパイモンさんにとっても満足のいくものだったのだろう。その後の話は聞いていなかったけれどなんとなくほっとする。


他の待機組ももはや定番になったヒトが多かったので挨拶をしてから元の場所に戻った。とりあえず、情報部の邪魔にならなそうな一番窓際。

忍も情報部ではなく外も目視しながらの参戦組なので特に作業もなくそこにいる。


「こんなに大きな窓で大丈夫なのか? 外から見られたら一発アウトじゃないか?」


階層は17階くらいだったと思う。上も下も見える中層域だが、窓ガラスは「窓」というか壁に相当する部分が全てガラス張りになっている。ものすごく採光も見晴らしもいいが逆を言えば向こうからも丸見えなわけで。


「そこは外から神魔のヒトによる幻術だとか、術師の人たちの結界でカモフラージュされてるよ」


素朴な素人疑問は、もちろん綿密な計算内にあるようだった。つまり、何もないように見える、ということだろう、


「でもミカエルくらいの高位天使になると看破されない可能性はゼロじゃないね」

「それアウトだろ。気が付かれた時点で殉職するだろ」

「私は辞令受けてるから殉職かもしれない。けどそういえば秋葉は許可貰って来たの?」


貰ってない。勝手に出てきた。殉職じゃなくて「事故」で処理される。現実問題が浮上すると心が沈下しそうになる質問だ。


「聞かないで」

「うん、そんなことにならないために僕もこっちにいるわけだしね」


清明さんがやってきた。そうか、ここの「守り」は清明さんの担当なのか。

下の本部よりも危険は高いし、特殊部隊の人たちは完全に迎撃組なので防衛となると術師になるんだろう。

それにアパーム様やアシェラト様。今回はふだん戦闘に参加していない神様たちの姿もある。人間の本部近くにいるのでたぶん、サポートとか防衛だ。


「目をつけられたら即時撤退。そのためにベースは奥に設営されているし、時間くらいは稼げると思う」


放棄することが前提で作られているのか。もっとも複数個所に同じような「スペア」があるならそれが利口なんだろう。ネットワークで情報共有さえできていれば、この場所にこだわる必要はない。


「でも本当に僕らが危なくなったら秋葉、君は……」


そうだな、凄惨なことになって手間かけないために、避難するのがいいんだろうな。何もできないのは歯がゆい気もするけど……


「なんとかしてくれ」


……まさかの無茶ぶり来た。


「なんとかってどうやって!? 清明さん危なくなったらオレ何かできるの!? 忍、オレには実は何か特殊な力とかあるの!?」

「そんなこと、私が聞きたい」


何もないのはわかってたよ。しかし聞かずにはいられない。というか声を上げずにはいられない。


「清明さんんん!」

「あ、ごめん。何かなんとかしてくれそうだから、つい」


すっごい根拠も何もないこと口突いて出てるぞ。これから本当にここ、戦場になるのか? 本当にただのゲームでしたみたいな勝負じゃなくて?


なんて錯覚に陥りそうなマイペースな二人を前に、晴天を背後に、そんな感想を抱くが現実がそれで変わるわけではない。


「君は僕らにないものを持っているから、本当についね」

「……? 清明さんたちにないもの?」

「正しく言った方がいいと思う。『私たちが持っているものを秋葉は持っていない』だから空きがあるんだって」


余計わからない。ひたすら疑問符を浮かべるような顔になっていたのか、清明さんが小さく笑って先を続けた。


「僕たちはきっと、自分たちのことでいっぱいいっぱいになる。でも君にはそういうのがないから、ちゃんと見ていて欲しい」

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