1.恐怖(あ)の日は再び訪れ【迎え】
机の上はきれいに片付いている。未処理の書類はケースに入れられ、まとめられていて
「秋葉ぁ……天使たちが来るんだぜ? なんでそんなに冷静でいられるんだよ」
「ん、だってオレたちただの事務員さんだろ。最後の戦いなんて柄じゃねーよ。ガタガタしててもしかたないし……」
きっちりとデスクを片づけて立ち上がる。
外交官の出る幕はない。
みな、自分のデスクについて、あるものは不安げな、あるものはひどく陰鬱な顔で諦めの色すら漂わせて、震えている。
「だから、オレちょっと見てくるわ」
少しだけタイを締め直すと、秋葉はそうして同僚にそう告げた。
「見てくるって……」
「オレは諦めが早いんだ。だから、逃げても無駄だってわかった。諦めたんだよ。……だから、行ってくる」
そうして、一人、戒厳令が敷かれ、皆がとじこもっているそこを出ていく。
大型のモニターが配備され、もうすでに現場の様子はモニタリングされている。
「天使迎撃戦」。そのために集うのは神魔、警察、情報部のサポーター。彼らはこの国が自ら扉を開けるその時間まで、その準備のために動き始めている。
そんな画面の向こう側を見ていた者も、デスクについて祈るように手を組んで震えていた者も、はじめに気づいた誰かの目線を追うように、秋葉の姿を見た。
そして誰もが無言で、ただその背中を見送った。
* * *
オレが自力でそこへ辿り着いた頃……基地局(ベース)となる車両基地が出来上がっていた。
例によって避難も想定された、地下鉄入り口にほど近い場所だ。機材はすぐには動かせないからここから撤退する時は文字通りこの場を放棄することになる。
それも考えて、何か所かにサブベースが設営される、と忍には聞いていた。
ひとしきりの設営作業が終了してか、外交部局でモニター越しに見たより慌ただしさは消えていた。
と。
ぽん。と肩に置かれる手。
振り返ると、術師の格好をしたキミカズ……つまりは清明さんがにこにこしながらオレを見ていた。
「え、と……清明さん?」
穏やかで控えめないつものそれと、どこか違う、晴れ晴れとすらした微笑みでひたすら微笑んでいるのでオレの方から声をかけることになる。
「やっぱり来たね、秋葉」
「やっぱり……?」
「あっ! このヤロウ、なんで来てるんだよ! ふざけんな!」
「人の顔見るなりふざけんなとか言うお前がふざけんな」
声を聞きつけたのかダンタリオンがやってくるなりお呼びじゃないみたいな言い方をするので思わず返す。しかし、そういうことではないらしい。
「ほら公爵。賭けは僕の勝ちです」
「……賭けって何? オレがここに来たことで一体何が起こってんの?」
相手は清明さんだがついそんな口調になったのは、明らかに言葉の内容が清明さんではなくキミカズ寄りだったからだろう。
「賭けたんだよ。セイメイがお前はここに来るっていうから、オレは絶対来ない、の方に」
「………………」
その場を再現するとこんな会話らしい。
・
・
・
「秋葉は来ますよ。きっとね」
「あいつに限ってそれはないだろ。することもないし危ないだけだし。賭けてもいい」
「では賭けましょう。僕は『来る』に」
「私もそっちに賭けるー」
「なんでシノブまで乗ってるんだよ。根拠があるのか!?」
「「勘」」
・
・
・
「……結局、お前が言いだした」
「自信満々だったのに、残念でしたね」
「残念とかじゃなくて。やめて。しかも忍まで賭けに乗ってるってどういうこと?」
天使を迎撃するというこの国どころか世界の一大事の前に、一体何をしているのかこの人たちは。
着いて早々、膝を折ってもいいだろうか。
「その場にいたからさ。でも絶対来る気がした」
「忍」
やっぱり一大事を前にしているとは思えない通常運行で、存外近くにいたらしい忍が歩を寄せてきた。
「司さんは……さすがに居合わせてないよな!?」
オレの良心。さすがに司さんまでそんなことに参加していたらもう帰っていいですか状態になる。
「居ても乗らないし、あとで話したところ返ってきたのは第三の選択肢だった」
「?」
「『来ちゃダメ』」
「……」
来ちゃったよ。賭けの対象になるより一番怒られたくない人に怒られるよ。もう手遅れだ。
手が空いてきた周りの人たちもオレという異物の存在に気付き始めている。
「おー秋葉ぁ! よく来たな!」
「局長」
「やっぱお前ぇがいないとなんとなく締まらないっていうかよぅ。見てるだけでいいからそこいろや」
「ナゴミ、オレの一人負けだから、あとで約束の最高級の魔界産葉巻ワンカートン送ってやるからな」
「……………………」
大丈夫だ、オレは最高責任者にも歓迎されている。
「秋葉くん! ……来てたんだ」
「え、浅井さん。それどういう意味ですか? まさか浅井さんまで賭けに……」
「? そうじゃなくて。危ないから。聞いてなかったけどなんとなくいそうな気はしたし」
「さすがに守ってやってる暇がないかもしれない。なるべく安全なところにいてくれよ?」
「そして御岳隼人という歴史に残る偉人の戦いぶりを網膜に焼き付けるといいんじゃないか」
浅井さん、橘さん、御岳さんが揃ってやってきた。同じ年くらいなのに年下としてあしらわれている感半端ない。
しかし、この三人がいるということは……
「……司さん」
歓迎してくれる人たちがいる一方、なんでここいるの?みたいな他人のアウェイな視線も痛いことは痛かったが、ある意味、司さんのそれが一番痛い。
少し離れたところにその姿を認め、思わずさっと目を逸らすオレ。
ため息の気配がしたのは気のせいか。
「秋葉、私、上から参戦することになってるんだけど一緒に来る?」
知ってか知らずか、忍がそう誘ってくれた。
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