4.その光景を【抗う】
黒。
それが何なのか、理解するには少しだけ時間がかかった。
「闇」なんて言葉は普通に生きていたら出てこない。闇というほど漆黒でもなく、けれどそれが何なのかわからないオレには初めはそう表現するしかなかった。
それは影だった。
太陽を背にし、逆光になった天使たちの、おびただしい数の影。
「……!」
いつかダンタリオンが結界の外では天使たちがこちらを伺っていると話していた。
結界があるからこそ侵入は阻まれ、取り巻くその姿が見えることもなかったのだと、オレはその時悟った。
この光景が「見えている」人間にはどれだけ切迫した状況かわかっていただろう。
だからこそ、迎撃が決断された。
無言でパイモンさんが窓際まで進み出ると、それを見上げた。
大きな窓をコツコツ、と小さく拳の裏で叩いてこちらを見る。
「お願いします」
忍はそう言うと片手で「ソロモンの指輪」の代わりとなるデバイスの操作を始めた。
ピ、と小さな音がすると窓の外に魔法陣が現れ、横に見えていたパイモンさんの姿が突如消える。が、瞬間移動といえる速さで次の瞬間には魔法陣の側……つまりはビルの外に現れていた。
それも一瞬だ。
パイモンさんはこちらを振り返ることもなく、一気に高みに向けて跳んだ。足場がないのに跳ぶ、と言えるのだろうか。しかし、先陣を切ったその一撃は、再び空を割ることになる。
天使たちの影で埋め尽くされた黒い空を。
再び、陰色の空に青が射した。
その間も忍は召喚を続けている。ここにいた数人の魔界の貴族たちも中空にランダムな角度で魔法陣が現れる度に転移して、上空へと向かう。
「あ、あの魔法陣……」
見覚えがあるそれ。現れたのはダンタリオンだった。
あちらからは見えない。はずなのに、ダンタリオンだけはこちらをみるといつもの顔で口角をにやりと上げて不敵な笑みを浮かべてからその場を跳んだ。
「……見えてんのか?」
「見えてないと思うよ」
小さく息をつく忍。今の召喚で疲弊したのか、少し顔色が悪い。いつも顔に出ないのにそれがわかるのだから、端から負担は決して少なくはないんだろう。
「大丈夫か?」
「平気。予定通りだ。ほら」
上空の影が散るとそれらは落ちてきた。このビルの真正面にも。光を得て白い翼をまき散らしながら墜落状態にあるそれを下方から突如として斬り上げたのは、同じく白いコートをまとった人間だった。
「特殊部隊の人たち……すごいな、何か動きが前と違うような」
「そのための訓練をしてたからね。二期の人たちも今回は前線に集まってる」
中層域が人間の守備範囲らしい。さすがに迎撃をする側だけあって、動きが早い。先手を取って数の多さを速攻で圧しているのはこちら側だ。
オレはただただ息をのむ。高速で繰り広げられる戦闘に、感心にも似た心地でそれを見守るほかはない。
「天使は機動力があるから入り口を狭くして、散られる前に叩くしかないんだ。でもまだ、ミカエルの姿がない」
忍は楽観的ではなかった。空の高みをいつもの余裕とも不安とも違う表情でみつめる。その瞳がわずかに細められ、視線を追ったオレも逆光の中にひときわ大きな翼を見た。
「あれは……」
「ケルビムだ。上級天使が出てきた」
巨大な緑の獣のような姿をした天使が猛速で降りてくる。ここは見えてはいない。証拠にこの階より少し上方でくるりと巨躯を器用に反転させるとそこにいた特殊部隊に狙いをつける。
「!」
間に合わない。誰もがそう思っただろう。一番スピードがあるだろう浅井さんは遠い方のビルを足場にそれを見上げているが、すぐには跳ばない。近い方のビル……こちら側にも何人かゼロ世代がいたが、全員がその隊員を助けるのとは明らかに違う方向へ動き始めている。
『浅井!』
ふいに無線越しに浅井さんを呼ぶ声がした。司さんだった。司さんの姿はオレからも目で追える場所にいたので、後ろの音源より本人の方を見る。呼ばれた浅井さんは即座に下方にいる司さんの方へ向かってビルの壁を蹴っていた。
疑問に思う間すらなかった。
次の瞬間には浅井さんは下方で待ち構える司さんの、自らの眼前ギリギリで横に渡した刀を足場にして再び上方へ跳んだ。
ズドン!
音がして片翼が斬りおとされる。
自らの跳躍力と司さんの押し上げる力を得て直線で跳んだ浅井さんの攻撃は、加速度的に凄まじい威力で巨大な翼を根元から斬りおとしていた。
ぐらりとその巨体が傾いたところでタイミングを合わせたかのように特殊部隊の何人もが一気に刀を突き立てる。
ケルビムは一瞬このビルの前を自らの影ですべて覆いながら、怒号ともに落下していった。
「すごい……」
「まだだよ、秋葉。『上級』が増えてる」
落下したその姿を目で追っていたオレはその声に顔を上げる。天使の無数さは相変わらずだが今まで見たエンジェルスとは違う姿がちらほらと混じり始めている。それらは着実に撃破されているが……
ダン!という音は、目の前で起こった。強化ガラスがあってもつい眼前を腕で庇った。飛んできたそれは特殊部隊の人だった。
背中を強かにガラスに打ち付け、支えを失って落ちる。
思わずオレはガラスに張り付くようにその姿を見る。追うように下方に飛んだ天使は別の隊員が斬り捨てたが足場もなく自由落下が続いている。
中央側から跳んだ一人がその腕をつかんで行く手のビルに向かって投げつけるように身体をひねった。落下していた隊員は軌道を変え、足元がビルにつくとそのまま壁を蹴り、壁に向かって跳躍していた本人もすぐさまそれとは違う方向へと跳び退る。見事な連携だった。
けれど。
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