5.いと高き処より【是とし】

やはり天使の勢力は、一筋縄では弱ることはなく。

ついにそれは現れた。


炎。


かの大天使はそれを司るという。

突然に上空から降りしきる火炎に、術師と神魔の結界がそれを防ごうと発動する。

炎は直下に降ったため、このベースに被害はない。だが、直接炎が降り注いだ地上、局長たちのいる拠点はふつうであれば無事なはずがなく……落ちた炎が一面燈色に染めるのを見てオレは血の気が引くのをはっきりと自分で感じていた。


だが、次の瞬間、視界の中にアパーム様の姿を見る。


「そうか、アパーム様は水の神様だったな……」

「でも、きっと足りない」


異教の神、それならとほっとした心地のオレの言葉を反故にする忍の言葉。相変わらずの顔をしている。その顔から完全にいつもの遊びの色は消えていた。


「足りない?」

「各地の神様は信仰を糧にしてるんだよ。世界中でなぜ天使が優勢なのか。旧い宗教は信仰する人の絶対数がそもそも少ないんだ」


そうだった。海外の情報はほとんど入ってこないから忘れかけていたが「三年前」。あの時のことを考えれば、どうしてここに様々な神魔のヒトたちが集まってきたのかを思い出せばそれは必然だった。


本国が交戦しているさ中でここに来る神様たちは、抗戦のために疲弊した力を取り戻すため、あるいは力を蓄えるため、あるいは……


「もう滅びている国もあるんだよな? この国に来ているヒトが消えた、っていうのは聞いたことがないけど……どこかにまだその国の人たちが無事でいる……?」

「それはこの日本くにだよ、秋葉」


深刻な顔で窓際に歩み寄り、自らの目で惨状を確かめている清明さん。名を呼びながらも視線は険しく下方へ落ちている。


「日本?」

「もともとこの国に来ていた彼らを崇める僅かな人々がいる。それから日本人も」

「オレたち? オレたちは宗教とか……いや」


そうか。とオレは突然腑に落ちた。信仰というものが、その存在を肯定し、敬い、好意的なものであるならば。

それは結局、彼らの存在理由になるのだ。


もうオレたちは知っている。ここに存在する、アパーム様やアシェラト様、この国を支える手助けをしていた神魔たち。

結果的に、それを肯定することがアパーム様たちのためにもなっていたということか。


「日本はそういう国。だから彼らもその枠を超えてここに集まってきた。そうだったね」


オレが得心したことが伝わったのか、清明さんの口元がわずかにだが綻んだ。まるで懐かしいものでも思い出したかのように。それはすぐに引き結ばれ、清明さんは顔を上げる。

そして、術師の衣を大きく翻して拠点内部へ身体を向け、口を開きかける。


その時だった。


降りてきた「ミカエル」がこちらを向いた。明らかに目が合った。

まずい。


「清明さん!!」

「!」


派手な音を立てて、広い窓ガラスが一斉に割れて吹き飛んだ。内側に、ではない。逆だ。

まるで映画の中で、ジェット機の窓が割れたように風が吹き荒れ、物は外に向かって吹き飛び、多数の悲鳴ごとさらっていった。


「秋葉!」


元からある保護に加え、とっさに術師たちが結界を強化したため通路側の人間は無事だ。警察部に誘導され、白服の情報局員はすぐさま当初の計画通り退避を始めている。

窓際にいたオレは一番近くにいた清明さんに腕を掴まれ踏みとどまったが…


オレは見ていた。

忍の身体が割れたガラス枠の向こうに大きく傾ぐ。

その手から離れるデバイス。

追って向こう側に「落ちる」。


「忍!」


オレは清明さんに腕を掴まれたまま忍の方へ手を伸ばすが、それは届かなかった。人間というのは思ったより有能にできているのか。こんな時に限ってその瞬間はスローモーションのようにはっきりと見えていた。


しかし、突然に時が元の速さで進みだしたかのように、忍の姿は次の瞬間視界から消えていた。


「忍ー!」


風は収まっている。この拠点に目を付けたミカエルは、神魔や特殊部隊の総攻撃にあってここから離されている。

オレは割れた破片の突きたったままの窓枠の前に手をついて下方へ呼びかける。手のひらに痛みが走ったが、気にはならなかった。清明さんもすぐに隣に来て片膝をついて下方を覗く。


忍は無事だった。

下の階の壁に、司さんが自らの刀を突き立てて片手でそれを支え、もう片手で忍の手首をつかんでいた。

しかし、ギリギリだったんだろう。

かろうじて手首をつかまれただけの忍は身動きが取れないし、司さんの腕も伸び切ってしまっている。


「すぐに救助を!」


黒服の警官がすぐさまロープを持ってきた。だが、それを阻むように獣状の何かがフロアに飛び込んできた。


「っ!」

「退避してください!」


黒服では対抗はできない。銃を抜いて苦し紛れに連射していたが、どれも皮にさえ届いていたのか疑問だ。

そこにいた術師が避難経路を確保する様に奥で陣を作り、追って飛び込んできた特殊部隊がそいつを駆逐しようとフロア内が戦場になる。


オレたちは逆の窓際で、退避をするわけもなくその矛先がこちらに向かっていないことを理解すると、再び二人を見た。


「司さん! 忍!」


声は十分に届く距離だ。

善戦空しく、という状態でもない。

まだ倒れてはいない、諦めてもいない、けれど不利な状況になるのは遠くはない。


そのほころびが見え始めていた。


「司くん、離して」

「!」


場所が悪いのか足がかけられない。身体を支えることはできるが忍をなんとかするには他の人間の手が必要だ。が、忍はそれを待つつもりはないようだった。


「時間がない。天使が来てる」


オレは愕然とそれを聞いていた。妙に冷静な声はいつも通り。けれど司さんまでそれで割り切れる状況ではない。

忍の言う通り、動けない二人に目を付けた天使が上方から迫っていた。清明さんも迎撃に回るが、思いのほか素早くうち漏らしも避けられなかった。

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