6.現れし者【信じ】
「司くん」
「……!」
このままでは二人とも餌食になる。けれどその手を離せば忍は落下だ。何の強化も受けていない人間が、ただ落ちればどうなるか。
この高さでは答えは一つしかなかった。
「大丈夫だから。信じて」
「!」
デバイスもない忍。召喚はもう使えないのだ。時々根拠なくそんなことをいう忍のその言葉は、今信じて手を離すには苦渋の選択だっただろう。
司さんの、忍の手首をつかむ手に、一層力が入るのが見えた。けれどそれは諦めたように次の瞬間ゆるりとゆるめられ……
司さんが静かに瞳を伏せたのは一瞬。
司さんはそのまま一気に自分の刀を軸に身体を持ち上げると、壁に突き刺さったそれを引き抜く。同時に斜めに跳ぶと迫っていた天使をそのまま一撃で斬り捨てる。下は見なかった。
表情はもうそのまま、戦場へと戻る。
手を離されると同時に落下を始めた忍をまさかの気持ちでオレは見ていたが……
ふいに閃光が走った。
「魔法陣だ」
「誰だ? だってデバイスはさっき……!」
現れたのは空を漂う銀の鯱(シャチ)……フォルネウスさんだった。
フォルネウスさんが中空で大きく身体を一回転させ、ヒレを大きく羽ばたくように動かすとゴゥッと風が鳴った。
その一瞬で移動した先で、忍はその背によって回収された。
「あいつ……」
「早く言って欲しいね」
フォルネウスさんの背の上からオレたちに向かって笑顔で手を振る忍。直後に手のひらを返して指にハマっているものを反対の手で指さした。
「指輪」だ。おそらくソロモンの指輪。すべての行使は無理だが、忍のことだから緊急時に対応できそうなヒトを喚ぶ算段はしていたのだろう。
すでに天使は撃退され、他のスタッフたちの退避したフロアに音もなく銀色の巨躯は滑り込んできた。
「ありがとうございます、フォルネウスさん」
『これくらい容易いことだ。しかしこの後はどうするつもりか?』
オレたちが無事を確かめ、忍が降りようとしたところで、次に勢いよく入って来たのはダンタリオンだった。
「このままフォルネウスで三人とも下に降りろ! あいつら召喚者を狙い始めやがった!」
その言葉の通りなのか、天使たちはふたたびこちらを目指して集まってこようとしている。
ダンタリオンと後からやってきた「炎の伯爵」アモン侯は低く構えて迎撃態勢を取っている。
「私が狙われてる? だったら私は別の方がいいんじゃ」
「他のベースは!? どっちにしても下は野ざらしだろうが!」
「あいつ……ミカエルの野郎、偽装が効いてねぇ。ここがやられたんだ、わかるだろ!」
炎や光の攻撃の応酬が始まり、叫ぶようにダンタリオンは伝えてきた。
「とにかく下が安全だ。走るより早い。フォルネウス!」
『承知した』
いうからには根拠があるのだろうか。オレは理解できないままだったが清明さんがそれを呑んだのでオレたちは三人まとめて下方のベースまで戻ることになる。
「よーぅ、秋葉ちゃん。結局ここに合流か」
「結局じゃないですよ。何、余裕こいてるんですか!」
「ここまで来て切羽詰まっててもしょうがないだろーが」
局長はいつも通りタバコの煙を燻らせて、戦場になっているビルの谷間を見上げていた。
ふーと吐き出された白い煙が登っていく。
おかしな光景だ。
「さっき炎が降ってきたと思うんだけど……」
「おう。戦々恐々だったぞ。だがやるしかねぇからな。兄ちゃんもいざとなったら手ぇ貸してくれんだろ?」
「場合によるかな。ボクが手出しするのはあまりお勧めできない」
下の方が安心だ。その理由が分かった気がした。それが正しいのかどうかわからないけれど。
そこにいたのはアスタロトさんだった。
「……局長の動じなさとアスタロトさんの笑顔に救われる」
「いや、お前も十分動じてないから。アスタロトさんはどうして……って」
公言はばかられるので言わぬが華とする。
見学ですね。
「とはいえ、快くここに通してもらったからね。保険くらいに思っておいてもらってもいいかな」
「保険は使わずに済むのが一番なんだがなぁ……まぁ秋葉も何もしないって意味では何人いても同じか」
オレの存在感。
「君のとこのトップは話が早くて助かるね」
「とりあえず副流煙垂れ流すのやめてください。風向きで被害者が変わります」
相変わらず忍がきっぱりと指摘するが局長が応じる様子はない。
「最後の一服になるかもしれないしよぅ」
「縁起でもない!」
「それはともかく忍は指輪の力を使ったのか」
アスタロトさんが興味深そうに聞いてきた。その話はオレたちともまだしていない。
清明さんも合流した術師と繋ぎを取りながらもこちらを気にしているようだ。
「いざというとき力になってくれそうなヒトだけ、陣を覚えていました。デバイスは……みつかってももう使えないか……」
忍の役割はここまでということになる。いずれにしても余力でフォルネウスさんを呼ぶことになったので、そうそう多くもこれ以上は呼べなかっただろう。
『では私も行くとしよう』
鷹揚な魔界の侯爵は、優雅とも見える動きで、その実猛スピードで上空に上がっていった。
大分周りは損壊が始まっている。見上げていると足場のない戦闘員のサポートをしてくれているようだ。
性格も相まってある意味、適任そうだった。
「ミカエル座標より高熱反応。2.8秒後に熱波到達予測!」
「!」
それを聞いてか聞かずか。
上空にいたはずの神魔たちが突然にベースの周囲へ何人も現れ、空を見上げた。
誰もかれもが、険しい表情を浮かべながら。
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