ゼロ世代(2)ー 同期と言える人々

言ってやりたくなったが、実際隼人の修練結果はトップクラスだった。

論語だかで「これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」とかなんとか聞いてことがある気がする。遊びながら覚えるのが一番早いということだろう。


この場合は、最終的な仕事が仕事だけに、勧めはできない。


「御岳隼人ー! お前はまた無駄口叩いてるのかーー!!!」

「やべっ 目つけられた!」

「お前、常に目つけられてんだよ。早く相手見つけろ」

「あっ、あいつ。白上だっけ? 組んだことないんだ、京悟、間持ってくれ!」

「なんで俺が……」


彼は白上司という。

隼人ほど周りに愛想をまくでもなく、かといって孤立しているというわけでもなく、目立ちもせず埋没もせず、地道に訓練をこなしていく姿が逆に時々、目についた。


特に人払いをしているわけでもないので、クーリングルームなどで顔を合わせれば立ち話くらいはする。


「オレ、あんま話したことないんだよ」


多分、相手にしたくないタイプなんだろう。

隼人は悪気もなくあからさまに嫌われるタイプでもないが、基本的に、騒がしい。


「わかったよ。お前としゃべってると俺まで目を付けられる」


そして、白上に声をかける。


「白上、今日の相手決まってるか?」

「いや、適当に組んでない相手にしようかと……」

「ちょうどよかった。隼人の奴が未経験者募集してるみたいだから、相手してやってくれないか」

「……」


嫌っぽい。


「訓練の相手だけだよ。おしゃべりに付き合う必要はないからな」

「わかってるな、橘」


そう、たぶん隼人そのものというよりしゃべる時間の方が長くなるのが嫌なんだろう。

基本的に訓練に対してはストイックな感じはする。

マイペースと言い換えると大分印象も変わってくるが。


「ひゃっほーい! 初めての組手だな! 司!」

「……御岳。まだ俺はお前を相手にするとは言ってないんだが」

「ていうか、お前、普段接点ないのに名前呼びなの? なぁ白上。気に食わなかったら思いっきり殴ってもいいと思うぞ」

「思いっきり殴るのが仕事だろうが」


こういうやつだ。

殴られても訓練、くらいにしか思わないのだろうが……


それは、ボコボコにされたことがない腕の良さ故の慢心だったのだろう。


組手稽古が始まる。

神魔対応になるのに、対人の稽古をして何になるのかとも掠める疑問だが、基本なくして応用なしだ。

まずは人間の捌き方から覚える。これも当然で。


「オレ、お前の癖とかわからないんだよな」

「そんなことは俺だって同じだ」


少し気になる。

隼人は腕がいい。こういう性格もあってそれはみんな認めている。

競争心をあおるためか、時々評定が下されるが対人戦闘の訓練に関してはいつも相当な評価を受けていた。


そんな隼人にとって、白上は初めての相手だ。


「……司さん、けっこう強いですよ」


ガッ、と浅井から繰り出された受けた攻撃を腕でガードする。

なんとなく気を散らしているのがバレバレなのか、浅井の攻撃も本気ではなかった。


「俺もちょっと気になります」


それで、適当に流すふりをしながら俺と浅井は隼人たちの組手を横目に観戦する。

先に仕掛けたのは隼人だ。

これは大抵の誰に対しても、いつものことでもある。

白上はそれを、今俺がしたのと同じようにごく基本的な受け方をして、すぐに流した。


流さなければそのまま会話も可能になる。

今の浅井と俺のように。

だが、無駄話をする気はないようだ。

すぐに反撃に移る。

左に流した右手をそのまま勢いで右に薙ぐ。

後方に上体を逸らして躱す隼人。だが次の瞬間には、更に反動を利用した白上の右の拳が突き出されている。

バシッ!と音を立てて、隼人はそれを脇腹の前で左手で受け止めた。


「……あっぶねぇ……何それ、けっこう強いんじゃないの?」

「関係ないだろ。訓練だろ?」


攻防が始まる。

今度先手を取ったのは白上で、拳を引くと蹴りを繰り出す。


「……!」


想定外だったのか、危うくかわす隼人。


「……白上のやつ……早いな」

「だから言ったでしょう? 動きに無駄がないんです。俺たちから見たら、ですけど」


適当に拳をかわしあいながらそう批評する浅井と俺。

実戦投入には全員がまだまだなわけだが、今までノーマークだった白上を相手に隼人の顔からいつもの笑みが消えている。


それが苦々しく変わるのにそう時間はかからなかった。


「っんだよ、こんだけ強いならもっと目立つところにいろよな!」

「訓練で目立つ必要なんてないだろ」


話をする余力はあるようだ。

隼人は常に、注目を集めるタイプ。それが、いきなり初戦の相手に押されている。いや、対等か?


いずれにしても、渡り合っている様に徐々に注意が集まってきた。


「隼人さん、あれ、やられるかもしれませんよ?」

「何でそう思うんだ?」


見た感じはいい稽古相手といったところだが……

浅井がそういった瞬間に、突然、白上の動きが変わった。


いや、規則性があったわけではないのだがなんというかスイッチが入ったというか。

勝負は一気に決まっていた。


……蹴りで吹っ飛ばされて、何となくあっけにとられた顔をしている隼人。

勝負があったことで、構えを解いている白上。


「……ほらね」

「どうしてわかるんだ」


思わず、しんと訓練場は静まり返ってしまっていた。それは、教官から喝が入るまでの一瞬ではあったが。


「司さんは、目立つのが嫌いなんです」

「………………そっか」


何か、そんな感じはする。

つまり、注目を浴び始めたからそれが嫌で一気に勝負を決めたんだな。


しかし、これでいままで水面下にいた実力者が浮上認定されてしまった。


「司、また組手の相手になってくれよ」

「嫌だ」

「なんでだよ。もうお前の実力周りにバレてるし、俺もお前くらいじゃないと訓練した気にならないんだよ! 遊びで来てるんじゃないんだよ!」


最後の方はもう、取ってつけたようにしか聞こえないぞ隼人。

白上の態度はそっけない。


「浅井、相手してくれるか?」

「えっ? えぇ、いいですけど司さんも隼人さんくらいの方が訓練にはなるんじゃ……?」

「タイミングを図りたいんだ。あいつは勢いで突っ込んでくるから、相手するのでいっぱいになって、自分の癖が修正できない」


そう、隼人は直感型。白上は、自己分析をして反復練習をする努力型。

実力者、といういかにも天才型、あるいは派手な評価が似合わないことに俺は気づいていた。


白上の腕は、地道な努力のたまものだ。

それを言うなら、ここにいるほとんど全員がゼロからのスタートだから、同じなのだが。


そして、そのことに全員が気付いていくのに、そう時間はかからなかった。

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