EP5.ゼロ世代(1)ー 語られざる訓練期

「なぁ、ちょっと、そこの!」


誰かが誰かに話しかけている。

何百人と集まる中で、知人なんてほぼ皆無の世代の俺たちにはあまり縁のないことだ。

服装も、年齢もバラバラ。


ただ、指定されたのはYシャツと、それなりにカジュアルに見えないボトムの着用くらいだった。

結果、バラバラというほど統一感がない感じでもないのだが。


「そこの眼鏡君!」

「……」


ひょっとして俺のことか?

確かにメガネはかけている。

だが、しかし。そんなふうに声をかけられる覚えはないしそういう空気でもないんだが。


「聞こえてる?」


天使と呼ばれる悪魔がやって来て、それから悪魔と呼ばれる人ならざる者たちが街を復興し、表面上は生活が落ち着いたその頃。

新しい時代に対応するために新設された護所局。


その内のの警察部、特殊部隊へ手を挙げた人間が集まる妙に張り詰めた空気が流れるこの空間で、その声はいつのまにかすぐ後ろに近づいていた。


「……ひょっとして俺のことか?」


さきほど心の中でのつぶやきを声に出して復唱。振り向くと、同じ年くらいの男が立っていた。


「そうそう。オレ、御岳隼人。今日が全員の参集日だろ? おっさんだらけだからなんか妙な感じで……」


御岳と名乗った男は、確かに「おっさん」という年齢ではない。

近い年だろう。だからつい声をかけた、というところか。


「一般希望もそうだが、警察の再編成に加えて自衛隊が縮小される。そこから流れてきてる人が多いんだろう」

「あぁ、だから何かむさい感じがするんだな」


失礼な。

確かに、自衛隊出身者はすでに教育を受けているので、見た感じでもうわかる人が多い。

年齢もそうだが、姿勢から声の出し方から、一般出の人とは違うのだ。


「大声で言うなよ……その様子だとあんたも一般公募からだろ?」

「そうだけど、そういうあんた……えっと」

「橘京悟だ」


名乗られていたので名乗り返す。

特殊部隊が編成されるにあたり、門戸は広かった。

すでに何度かこういった召集はかかっていて、初めは職務内容の説明や座学から入っていたが実技演習に入るころ……


この機に公務員になれるとかいい就職口程度に思っていただろう若手は一気に姿を減らしていた。


「京悟……お前だって、そうだろ?」


名乗ったところでいきなり呼び捨て、結局あんたがお前になったところであまり変わらないのだが、互いに新卒くらいの年齢に見えているだろうから、学生時分の延長くらいのノリなんだろう。


実際、まだ訓練が始まったばかりで、採用は確定ではない。

そういう意味では同じ「テストを受ける学生」みたいなものだ。


俺はそのあたりはスルーして応じた。


「そうだよ。だからどうしたんだ?」

「いや、だから、同年代近くにいないし、未経験者同士仲良くしようぜ」


いきなりの仲良し宣言。

……嫌われる人間には嫌われるタイプだな。

好かれる人間には好かれるだろうが。


俺はどっちでもいい。


「あぁ。まぁ、どこまで持つかわからないけどな」

「なんだよそれ。確かに少し実戦に入っただけでやめてったやつ多いしなんか厳しそうだけど」


実際、アドバンテージがあるのは警察・自衛官、そして武道の経験者だ。

先週から実戦の体験と、体力づくりが「少しだけ」行われているが、すでにこの時点でドロップアウトしている人間が多いのは、未経験者にとって「少し」ではなかったから。


結果、残っているのはやる気があるか、体力があるか。あるいはその両方ある人間ということになる。


「オレは机に向かってるよりこっちの方が何か好きだな」

「わかる。初対面でも何かわかる」

「どーいう意味だよ」


この緊張感のなさ。

多分、緊張感をもって講習に向かい続けるには向いていない。


「まぁいいや。せっかく同年代だし、未経験者同士の切磋琢磨ってことでよろしく」

「……そうだな。一人じゃ辛くなりそうだし仲良くはともかく切磋琢磨には賛成だ」


経験者の中で、素人が、しかも年齢で少なくなってきた若手が「使えるように」なるまでここで訓練され、ふるいにかけられ、その後ようやく「採用」が決まる。

いわば、これはお試し期間のようなもので、使えるようになってから使える人材を採るという意味ではとても合理的なやり方だった。


今までの公務員も半年は試用期間があったらしいが、それで首を切られるなんて聞いたことがないので、国もそれだけ本気だということだろう。


特殊部隊が編成される最終的な目的は、治安維持はもちろん「対天使」の戦力となりうる人材で固めることにあるのだと、何度も聞かされた。

甘く見ていた一般公募者は、それだけで逃げ出した者も多かった。


そして、実技演習もまた、「手慣らし」が終わって本気の演習となる。

その頃には……


なぜか、30名ほどの若手ばかりが残る結果となっていた。


「京悟ー今日の組手の相手してくんない?」

「俺は先約がある。なるべく違う相手で組んだ方が効率がいいぞ」

「そうだけど。なんか物足りなくて」


御岳……隼人は、直感型の人間だった。

理論より、戦闘演習は経験で覚えていく。

そのせいか、あまり危機感だとか苦手意識がない。

うらやましいが体を動かすことが好きだったんだろう。


「あ、俺、他のやつと組んでもいいんではずしましょうか」

「浅井、隼人のわがまま聞いてるときりないぞ」

「わがままっていうか。これは更なる向上心で……!」


はいはいと適当に流す。

30名くらいになると、全員顔と名前を一致させるのは難しいことでもない。

ここに至るまでが相当な苦行だったので、お互いに鼓舞しあうようになった面子は、まして互いに気心も知れてきた。


「最初のころは、一日終わるだけで家に帰ってベッドに倒れて目が覚めたら次の日昼どころか夕方でした、みたいなことが連日だったのに、よく俺たちここまでふつうに寝起きできるようになったよな」

「そうですね、普通に寝起きできるようになっただけでもぶっちゃけすごいと思いますよね」


多分、ほとんど全員がそんな毎日だったと思う。

ろくに風呂だの着替えだのできないまま倒れこんで、気づくとものすごい勢いで時間と記憶が跳んでいる。


教官たちもそれは想定済だったのか、訓練の時間を全員統一してはこなかった。

それがだんだん、目が覚める時間が早くなって、起きられる時間が早くなって、体が対応していき、結果、残っている全員は同じ時間に集合し、訓練は現在、規則性のあるカリキュラムで進んでいる。


「オレなんて、一週間くらい風呂入れない時があった」

「汚い! シャワーくらい浴びろ!」

「シャワー浴びてる暇あったら、寝てたくね?」

「女子が逃げるぞ」

「女子がどこにいるんだよ」


そう、これではさすがに男女平等とは言え、体力的に劣る女子では、尋常でないくらい気力でカバーできるくらいでないと無理だろう。


結局、体力があるはずの「経験者組」はほとんど残らなかった。

肝はむしろ「気力」の方だったんだと、改めてメンバーを見まわして思う。


「とにかく、浅井は俺と先約済だから。早く今日の相手を決めろ。あまりものになるぞ」

「偶数だから余らねーよ」

「じゃあ宮古辺りで行っとけよ」

「嫌だ。あいつ、オーバーリアクションでしつこいんだもん。あ、でもヒーローごっこして遊ぶときとかはいいよな」


……そんなことして遊んでる暇があるくらい、お前、余裕があるのか?

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