傷(3)ーそして、すべてが終わり

「カミオロシって、あの乗っ取られた状態のことだよな。事例がないっていうのは、他にはこういう人がいないってことなのか?」

「私の知る限りでは。清明さんの方が当然詳しいと思うけど、人工的に似たような状態で武器にカミサマの力を宿らせようとして、結局失敗に終わったというところまでは知ってる」

「……人間があんなもん扱えるわけないだろうが」

「目の当たりにすれば、そう思うだろうね。でも、強い武器を作ろうなんて昔からの発想じゃない」


そうやって、殴るための武器から、核まで発展させてしまった。

最終的にはそんな人類が自滅の道をたどるなんて、映画の中ではよくある話だ。


「失敗に終わった、ってことは諦めたんだろ?」

「そのあたりは、科学者がやろうとして神職や術者が止めたらしいから、それ以上進むことはないはず。科学は不可知を解明するものだけど、科学者が解明するよりずっと前から術者の人達の方が知ってることだろうし」


ちょっと言葉遣いが難しくなってきている。

無意識だろう。忍も多分、疲れているんだと思う。

そうなると逆にリミッターが外れて、こうなることは時々ある。


「もうちょっとわかりやすく」

「見えないものを理解しようとする人たちが、見えないまま力だけ利用しようとする人達を止めました」

「わかった。ものすごく」


むしろ、昔話とか絵本風まで表現が下がったので、わかりづらい気もするが絵本で読んだ気持ちになってそこでやめておく。


忍はしばらくここにいるつもりなのか、壁際に追いやられた椅子を持ってきて腰掛けた。オレにはベッドサイドに残された方を譲ってくれる。


「清明さんが診て大丈夫だっていうんだから、大丈夫だと思うよ。データで出るものじゃないと思うし」

「そうだな、こういう時はもう、そっちのエキスパートに委ねるのが利口だよな」


それでも見える化して安心したいのが人間なので、しばらくは森さんは「管理」されるということだろう。

国家レベルの話なので、プラシーボ効果や口先で済まないのも、わかるので複雑だ。


その時、トン、と音がしてドアが開いた。

無音で入ってきたのは不知火だった。


「……不知火」


やはり何も言わずにベッドサイドまで来て、森さんの方を見てからそちらに体ごと向き直って、ぺたんとお座りをした。


「……どうやって開けたんだ……?」

「不知火はお利口だからね」

「いや、利口とかいう前に、取っ手とか暗証番号とか……」

「不毛だ」


さすがにこの姿だと壁抜けはできないようだが、もともと普通の犬ではないのでそれ以上考えても無駄らしい。

忍の方が、先に考えることを放棄しているのがそれを物語っていた。


「不知火は司さんが飼い主? だったんだな」

「森ちゃんは嘘は言ってないね。司くんから預かってたわけだから」

「……その前は、皇居のどっかの保管庫に置いてあったらしいから、所有権はよくわからんけど」


そういうと、黙って聞いていた不知火がいきなり立ち上がってオレに鼻先をぐいぐいと押し当ててくる。

これ一体どういう意味なの。

椅子から落ちそうになってそれを思わず声に出すと、忍が大仰にため息をついた。


「所有者とか言うから……実体が刀なのかその姿なのかはわからないけど、人格がある時点で失礼だよね」

「そうか、不知火。ごめ……んんん!!」


謝るのが遅かった。オレは椅子から落ちていた。


「不知火は多分、司くんに言われたから森ちゃんについているだけじゃないんだよ。二人とも家族みたいに扱ってるから、不知火も森ちゃんのこと好きなんだよね」


忍が立ち上がって、オレの横を通り過ぎると不知火の頭を撫でてから傍らに膝をついた。

後半はむしろオレではなく、不知火にそう話しかけたようだった。

不知火はそれを聞き分けて、身体の横を撫でる忍に少しすり寄るようにした。


この態度の違いは理解の違いだろう。


「そっか。人間語がしゃべれないだけで、他の神魔と大して変わらないんだな。悪かったよ」


椅子に座りなおして言うと不知火の瞳がただ、オレを見上げた。

それ以上は反論はないらしい。再び、ベッドの方に視線が戻る。



それからしばらくして、オレたちは病室を後にした。

森さんの意識は戻らなかったが、不知火が来たから目覚めても一人じゃない。


「不知火、司くんが来るまでよろしくね」


忍はメモ用紙を折り紙代わりに暇をつぶしていたが、そこにメッセージを残して部屋をでる。

そう言い残すと、不知火は姿が見えなくなるまでこちらを振り返って見送っていた。

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