EX.開戦直後‐浅井和史の見た光景

司さんと会ったのは、まだ護所局の機能が不完全だった頃……

神魔が現れ、武装警察の組織が立ち上がり、そこへ入ったあとのことだ。


今でこそゼロ世代などと呼ばれるが、特殊部隊に配属された人たちはみんなはじめは普通の人だった。

……今でも普通の人間なわけだが、役割は名前の通り特殊なものになっていた。


天使再来に備え、急ピッチかつ強引ともいえる訓練を経て編成された部隊。



2年と少しの間に、後輩は増えたものの見かけ上、すっかり平和になったこの街で、警察の役割は少しずつ変わっていった。

空の上の見えない壁は鉄壁となり、姿を見せない敵の迎撃よりも治安維持が優先になる。

自然、そちらへの仕事のウェイトがほとんど傾いたころに、それはやってきた。



部隊編成が変わったばかりで、一番新人に近い方から補給や後方支援、

そして二世代目は迎撃本隊、

僕たちゼロ世代の半数程度は、遊撃隊としてそのサポートに回る。


なぜ主戦力の僕らが遊撃隊かといえば、単独でもそれなりの戦力になるからだ。

一方で、次世代以降は「対天使」として養成されていないので、一言で言ってしまえば「頼りない」。


随分な言い方だが、それが一番的確な言葉だろう。

そもそも危機に対する意識がすでに違っていた。


その差は、天使の群れを見たその時に、すでに現れていて。


「尻込みするな! お前たちはこの時のために部隊に入ったんだろう! 何としてもこの国をるんだ!」


まだ地上にも降りてきていないその姿を前に、青ざめる隊員に活を入れていたのは、南さんだった。

南さんは元々自衛隊員で、相手が神魔でないことを除けば数少ない実戦歴の持ち主だ。

普段は温厚な南さんがさながら、鬼神のごとき表情で活を入れるさまは、ゼロ世代のメンバーから見れば、さんざん脅威として叩きこまれた天使よりも恐ろしいものだった。


いや、僕から見れば、の話か。

いずれにしても、第一世代の誰も彼もが「同期」であり、年齢の上下は関係なく強引な訓練を乗り越えた人達だ。

人数の少なさからそれぞれが単独行動を長くしてきたが、有事の際は下手な組織より連携は取れていたし、そんな自負がある。

少ない故の結果なのかもしれないが。



さんざんシミュレータで見てきた姿。

攻撃パターン。

想像の範疇であれば、そう恐れることもない、はずだ。


最初の世代……僕らは、単独でそれを撃破するための訓練も受けている。

けれど、それを叩きこまれなかった世代はこうなると最初からチームで組ませて、動かすのが最善だった。


だから、彼ら後輩をサポートしながら、被害を最小限に、天使を確実にしとめていくのが遊撃隊としてのゼロ世代の役目。


但し、全員がその役ではなく、しかし、隊長クラスは確実に遊撃隊として動く必要があるため、命令系統を保つために副長である自分たちが以下を束ねることになる。


……第三部隊だけは特例で、南さんが残り、副長である橘京悟さんが遊撃隊に手を挙げた。


正直なところ、僕も部隊を任されるより、そちらに回りたかったが広範囲のサポートの面では司さんが最適任なので当然こうなる。


それでも逆に南さんが残っているので、心強い。

実質的には三部隊はすべて彼の指示下に入るだろう活力だ。


そう思っていたが……



上空では神魔が下に送る天使の数をある程度コントロールしてくれていた。

けれどそれは、前回よりはるかに多く……


多くの隊員が、その無機質な表情を見て戦慄を覚えてしまったのだ。

特にシミュレータをゲーム感覚でこなしていた意識の低い隊員ほど、動けなくなってしまっていた。


「うわぁぁぁ!」


どこかのチームが悲鳴を上げた。

恐怖は伝染する。

まずい、と冷静な人間は誰もが思ったに違いない。


感情の伝染だけでなく、実際早くも背中を取られた二期生が危機を迎えていた。


ダン!


中層に控えていたゼロ世代の一人が素早くそれをカバーする。勢いで、着地したそれは司さんだった。


「迎撃しろ!」


それは上にいる同期への声掛けだ。

下層に不安を残していた彼らはその声を受けて、一斉に降りてきた天使の側へ跳んだ。


下に降りてくるものはこれで当面、少なくて済む。

その間に「これ」を立て直さなければならない。


……この状況で落ち着きを取り戻させ、恐怖していた対象と向き合わせる。

もっとも、難しい役目に思えた。


「霊装の開放レベルは最大にしろ! 全力で押しとどめるぞ!」


南さんほどの気迫ではないが、それが逆に声として届いているのか……

司さんの指示は続く。


「一人で行動はするな、必ず組んで戦え。ただし、命が最優先だ! 危険と判断したら逃げてもいい! 但し、そこから隙を見て危険にさらされている組を支援しろ!」


ここで「それ」に気付いた二期生の目に、冷静さが戻ったのを僕は見た。


ザっと上の層を抜けてきた天使が影を落とす。動けない二期生にひるむすきを与えず、それを一気に片付ける司さん。

空気は一瞬にして変わった。


「俺達の仕事は、天使を殲滅させることじゃない! 深追いはするな 結界が修復するまで被害を最小限に抑えて、残った奴らを片付ける」


命が最優先。

逃げてもいい。


それは、命を捨ててでも敵を倒せ、と言われるより隊員たちの恐怖を拭い去るには十分だった。

天使ではなく、恐怖と戦うようになったら目は曇る。

そんな状態で戦ったら、犬死は目に見えている。

けれど、司さんはそれを許したことで、追いやられている彼らを引き戻した。


冷静さが、戻ってくる。

これも伝染するように。


「南隊長、すまない、出しゃばってしまって」

「かまわんよ。お前の言う方が正しい。命があって初めて生きられるものだ」

「何してるんだ、司!」


更にもう一体、すぐ上空に天使が肉薄し、それを背後から大立ち回りのごとく切り伏せたのは、御岳さんだった。


「さっさと撃退するんだろ!?」

「下が止まっていたから、誰かのようにイノシシのように突進する必要はないと言いに来ただけだ」

「誰がイノシシだ!」

「自分で認めるのか」


まだ総員でのサポートは必要がないせいか、同期が戦況を見やる傍ら、心配そうにこちらを見下ろしていた。

が、そんなやり取りを見て、何人かが口元に笑みを浮かべたのを僕は見た。


不謹慎だが、僕も同じだった。

こんなふうに、訓練時代はよく彼らはやりあっていた。

というより、主に御岳さんが一方的ではあったけど。


「とにかく、貸し一だ!」

「そうか」


ドン!


御岳さんの背後に司さんが大きく踏み込む。

ドサッと本体が先に落ちて、時間差で散った翼がゆっくりと地面に落ちて消えた。


「これでゼロだな。上に行ってたくさん借りを作ってこい」

「……後でほえ面かくなよ!」


どういうやり取りなのかと、戦場にあるまじき緊張感が抜けた顔でそれを眺める後輩たち。


「白上の言う通りだ。逃げることは一時避難ととらえろ。あいつらは一度ターゲットを決めるとそいつを追い回す傾向がある。まずいと思って避難したチームは、他のチームが脅威にさらされているなら、その後ろを守るように動け。誰にとってもそれが、最善だ」


南さんが、それをまとめて指示を再び飛ばす。


御岳さんは、突撃型だ。腕はいいから自身が怪我をする確率は低いが、危ないメンバーがいるとそこにもつっこむ。


更にその後ろをフォローするのが司さんや橘さん、そして僕だった。

そこから始まり、最終的にはそれに倣った全員が、各々の動きを視界に入れて背中を守るようになった。


ゼロ世代は、単騎の戦力である反面、形にとらわれないチームとして動くことに長ける。


そんなことを、久々に思い出した。

そして、今、南さんがそれを後進に伝えている。


それが終わった時がリスタートだ。


全員の目が、冷静さを取り戻しこれから迫るだろう脅威を見上げる。



「お前たちの背中は、俺たち先輩の同期が守るから、それを信じて行ってこい」

「はい!」


腹から出した声が重なる。



そして、特殊部隊の総員が動員される、はじめての天使との戦いが始まった。

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