EX2.閉鎖空間の外から ‐森と忍はその時

不知火は聞いていた。

彼女たちの会話を。


そして見ていた。

彼女たちが何を選び、何をするのかを。



彼は、司の霊装……刀に宿る霊獣だった。

形を取れるものは、実は少なくはない。

どれもこれも一時的で、主従の決まった時は、主の意向によりそれができるかできないかにも関わってくる。


その兄妹は、彼が実体を得、共に過ごすことを望んでいた。


失くした家族のように、不知火は大切に、いやそれが彼らにとって普通だったのだろう。

そう、いたって特別なこともなく穏やかな日々を送っていた。


自分が選んだ主が望んだことはもう一つ。

その家族を守ること。


空から災厄がやってくる。


主の元へ駆けつけるべきか、主の希望を叶えるべきか。

二年もの間、彼らを見てきた不知火は、迷うことなく後者を選んだ。


なぜなら。


不知火が守るその家族には、あの災いから身を護るすべがない。

守らないと。


そして、その上で彼女もまた、主を助けるために動こうとすることはわかりきっていた。


動けば更なる危険にさらされる。

守らなければならない。


だが、おそらくはその先で自分も主の力にもなれるだろう。

どこかで確信があった。


不知火は、彼女の願いを聞き届け、彼女を戦場の真っただ中へ連れて行く選択をした。





「忍ちゃん?」


不知火はそのつぶやきで足を止めた。

閉鎖空間と外を隔てるその間だった。

飛んできた瓦礫の破片が転がる中に、彼女は膝をついていた。


「森ちゃん! 不知火!」


この人間は、自分のことを常に認識の中に入れていた。

大抵の人間は、犬とみればペットと同じ扱いで、眼中になどなくなる。

返事のない獣に、話しかけてくるのは奇特な人間だ。


だが、背に乗せているその人と、同じ匂いがしていた。

背中からさして重くもない重さが消えた。


彼女の元へ、向かう。

彼女も、立ち上がってそれを迎えた。


「会えてよかったよ。メッセージ、こっちに向かうっていうのが最後だったから」

「あぁ、あの後くれてたんだ。ごめん、確認してない」


それどころではないのはわかるのだろう。

主の妹……森がそのメッセージを確認すると、話はすぐに進んだ。


「忍ちゃんも来る?」


内容が見えない不知火にはそこに何が書かれているのか、わからなかったが、こうなるだろうことはここで二人が会ったことでもう決まっていたように思えた。


「……それが、そのつもりだったんだけど……ここが境界なんだ。ここから先に踏み込むと、端末が使い物にならなくなる」


所属は情報部だったか。

それを使ってバックアップに回るつもりだったのだろうが、どうやら無力化されてしまうらしい。


そこから先は、科学では解明されていない領域になる。


「でも合流したらできることはあると思ってきたんでしょ」

「そのために、ここから最短ルートと、天使の動向を抑えてないと辿り着けない可能性が高い」

「だから不知火と……いいよね、不知火」

「ぐるる……」


ピリピリと流れる空間内での空気に、喉を鳴らすのとも、いつもの軽い返事とも違う唸りが出る。

けれどニュアンスでそれが了承ということは伝わったらしい。


彼女は、不知火が守れと言われた森の友人で、友人の大切にしているものを、大切にできる人間だ。

主は望まないかもしれないが、不知火の中で下されている命と、本来の使命はそれですべて結びつく。

彼女を連れていくことは、きっと助けになるだろう。


そして、その背に二人を乗せる。

二人になったところで不知火の動きに大差はなかった。


その背で交わされる会話。


「忍ちゃん、一つお願いがあるんだけど」

「うん」

「司の持つ刀を取ってきてほしい」

「……十握剣(とつかのつるぎ)? ……私が?」


そういいながらも理解はしているだろう。

この人間は、敏い。


「私が行ったら即警戒だよ。司と接触できるかもわからない。でも護所局に所属している忍ちゃんなら……」

「それは状況次第かな……最後に確認した情報だと、今はこちらが優位に立っているみたい。森ちゃんが……『それ』を本気でやる気なら、どんな理由を付けてでも受けるけど」

「本気じゃなくちゃ、こんなところに来ない」


それもわかっている。

少しだけ間があったが、彼女はそれを了承した。


「でも、戻れるかどうかは?」

「私が聞いた話だと、なじむまでに時間がかかるみたいなんだ。抵抗できるものならするけど、それは全部片付いた後だね」


スサノオ神を、身のうちに宿そうとしている。

そのために彼女を連れていくのは、主の命に反することだろうか。


一度は決めたが、少し迷いが生じる。


「それに不知火が私のところに来てくれたから……司のところに連れて行かないと」

『…………』


こんな時だから、自分が加入すれば戦況を優位にするための手伝いはできるだろう。

そこには心中で反論の余地もない。


自分が彼女を連れて行っているのか、彼女に自分が届けられているのか。


不知火にはわからなくなる。


「でもこれでよかったんだ。結果的に、スサノオの力も投入できる、不知火も司の手に戻る」

「あとはなじんで主導権を完全に取られる前に、司くんがなんとかしてくれることを信じる、ってとこか」

「まぁ、やってくれるでしょ」

「森ちゃんの片割れだからね」


主は彼女たちから信頼を得ている。

だとしたら、自分がそのためにできることを全力でする。


改めてわかるったのは、それだけだった。


それだけで十分だった。



やがて。



時間にしたら、大して経っていないだろう。

不知火は、前方から来る神魔の気配を感じ、立ち止まった。

結構なスピードで迫っていたそれには、覚えがあったので警戒には及ばない。


向こうも止まる。


そこには、やはり覚えのある匂いがあった。



初めの接触者。近江秋葉。

もっとも、それを連れているのは強大な力を持つだろう、魔界の公爵だったが。


「秋葉くんだ」

「アスタロトさんも、どうして?」


そして、互いに平坦な道路に降り立つ。


彼ら、彼女らは互いに声を掛け合い無事を確かめる。


その時、轟音とともに行く先のビルが崩れた。

主の片割れ、そして不知火の『家族』の友人でもある忍はここに来る前の情報で、戦線は有利だと言っていたが、不知火にはその不穏な気配がはっきりと嗅ぎ取れた。


それは人にも魔にもわかるようだった。

しかし、なお急ごうと森は忍と不知火の背に乗る。


そして、不知火は、守るべき人間を、守るべき主の元へ……


今、最も危険な場所へ連れていくことになる。




その判断が、正しいのか間違っているのかわからない。


けれどわかるのは、背に乗る彼女らが、自分と同じ望みを持っているということだけだった。

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