傷(2)ー森の望んだこと

「いえ、最初はまじめにやっていたので重傷者は問題ないと思うんですよ。だけど、ここ数人手抜な感じが……」

「人間ってーのは、ふつーは自分の力で、自然の力で治すものなの! 世界に生まれた生き物すべて、そうやって生きていくんだよ!」


……言ってることは正しいのに、行いがついていかないので、言い訳にしか聞こえない不思議。


「正論ではありますね。……今回は、不自然な天災の挙句の怪我なので、特例にしてください。……確かルースさんたちの元、親玉の仕業でしたっけ」

「……オレはもう離反したから関係ないよな?」


清明さんの、人によって対応を変えられるその柔軟性がすごい件について。

そんなに怒られるタイプの人が周りにいなかったから気づかなかったけど、こういう問題児相手だとこんなふうになるんだな。


……小学校の先生か。


「ルースさん、ほらジャ〇プ」

「お前何さりげなく買いに行ってんの?」


合間に、それを見せられてルース神父は飛びつこうとしているが、犬がじゃれるごとくかわされている。


「あと三人だって。全部終わったらおごりであげるから、清明さんに預けとくね」

「あっ……!」

「預かります」



何コンボ決めてんのこの二人ーーーーー……

こうして、つつがなく、特殊部隊の負傷者たちも、早々に現場に復帰できる感じになっている。


ルース・クリーバーズが急患室にいた理由が判明したので、忍は雑誌だけ預けて部屋を出た。


「森ちゃんのところ行くけど、秋葉どうする?」

「あ、オレも行く。……ていうか、司さんどこ行ったのかな」

「司くんは司令塔の一部だから、まだプライベートじゃ動けないと思うよ。メッセージだけ入れて、あとで会いに行こう」


検査までの待ち時間、オレたちはそうして七階まで上がる。

さすがに、都心でも上階まで上がると比例して静かになる。


いつのまにか、空は晴れ。

白く薄い雲から、青空ののぞく「いい天気」になっていた。



そのフロアは異常に静かだった。

ほとんどが個室で、扉も閉まっていてひと気がない。


普通の病院だとナースステーションが各階にあって、年中忙しそうなイメージがあるが、ここは護所局の管轄であることもあって、それもない。


病院というより、なんというか……なんといったらいいのだろう。

静かな個室が、ただ、並んでいる。


703号室は、比較的エレベータの近くにあって、オレたちは奥に踏み込むこともなかった。


「……ロック付きとか、なんか違和感だな」

「秋葉、外からの施錠ってどんな意味があると思う?」


深く考えていなかったオレはそれで気づいてしまった。

鍵が内外についているのは、普通だが、病院がロックをかけるのはおかしい。


むしろ中にいるのはケガ人とか病人だから、何かあったら関係者はいち早く駆け込まないとならないわけで……


「自由に出入りできる部屋だと、ホテルみたいでいいんだけどね」


そういいながら忍は、和さんの言っていた番号を押す。

カチッと施錠が外れる音がした。


順は逆になったが、それからノックをする。

少し間があったから、忍も施錠の意味について考えでもして、ふつうに忘れていたんだろう。


返事はない。

のでそのままドアを開ける。


窓が少し空いていて、風が途端に抜け出してカーテンが大きく窓辺で翻った。


「司さん」

「二人とも、来たのか」


ほとんど何もないきれいな部屋の、ベッドの脇に腰かけていたのは司さんだった。

誰が来たのかあまり興味がなさそうな司さんが、それでも振り返ってオレたちの姿を認めると反応を返してくれる。


「……司くん、怪我人は先に治療だよ」

「順番待ちの間、ここにいただけだ。番が来たら下へ降りる」


司さんはまだ小さな傷を多数負ったままだった。

派手にビルが倒壊したりしていたから降るような破片だけでもやられるのだろう。


天使がつけたとは思えないするどい傷跡が、頬の上あたりにも残っている。


忍は言ってから、聞きそうもないので森ちゃんは?と返しながら、ベッドの方へ歩み寄った。


「身体的にも特に異常はないらしい。意識を失っているだけだろう」


そういいながらもここにいたのは、やはり普通ではないことに巻き込まれ、普通ではない身体の使われ方をしていたので、心配なのだと思う。


「忍、これは森が望んだこと……なんだな?」

「司くんには悪いと思ってるよ。でも、不知火を届ける必要もあったから」


そうだ。

森さんは司さんに警戒されるから、忍を介して自分からあの刀を取りに来たんだ。

十握剣(とつかのつるぎ)、といったか。

荒神の宿った剣。


「忍が知ってるってことは、結構前から……?」

「そうだな、秋葉も俺があの刀を携帯しているところは見ていただろう?」


そうだった。それ、大分前からだ。

ともあれ、こんな日が来なければ使われることもなかっただろうもの。

それが、おそらく護所局とは関りがないはずの森さん自身の判断で使われることになったのは、それだけ誰の目から見ても危険な状況だったということだ。


都区内のアラートは一気に最上級まで引き上げられ、そして、下げられるのも早かった。

……これは、日常が実は常に危険と隣り合わせだったことを示している。


見えない神魔やそれを繋ぐ人たちの力が、それだけ重要だということはたぶん、近いうちに再認識されるだろう。


オレが黙っているとそれをどうとったのか司さんは、口を開きかけたが、不意に入った無線の呼び出しで、椅子を立った。


「治療が終わったら戻ってきますか?」

「検査の方がメインだから時間はわからないな。森はしばらくここで管理されるから、寄れるときは寄る」


今日はもう会えないということだろう。

そして、別れて静けさが訪れる。


「……管理される、ね。まぁ仕方ないんだろうけど」

「やっぱりあのロックって、内側から出られないようにするためなんだな」


改めて入口の方を見やる。

ドアの横には、やはり認証が必要なボードがついていた。


「他にカミオロシの事例がないから、スサノオの影響を危惧してだろうとは思う。そういう意味では、森ちゃん自身が閉じ込められる対象というわけではない」

「……って、ひょっとしたらまたあのカミサマが出てくる可能性があるってこと?」

「基本的には、刀の方に戻ってるはずだからないはず。だけど、もしもということがあるから、ここで色々確認はされるんだと思う」


どこまで知っているのか、話し方は憶測だが忍のことだから調べられるところまでは調べている気がする。

追って聞いてみた。

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