14.東京の夏
「秋葉、眉間にしわ」
無意識に寄っていたのだろう。難しい顔をしてしまっていたらしいオレの心理をついて、正面に座っていた忍はそう指摘してきた。
すっかり路上は熱波で暑くなってしまっているが、最近は街のあちこちにミストシャワーが設置されている。
昼食がてら寄った軽食店のテラス席でもミストが定期的にあたりに散って、風が吹くと殊の外涼しかった。
現代版打ち水。そう考えると昔の人はもうすでにこれを人力でやっていたのだからすごい。
「エシェルからの頼まれごとってそんなに難しいの?」
「…………いや? そんなことないよ?」
「なんで目を逸らす。声がうわずっている」
「わかってるならあと、黙秘するから。ナニイッテルノカワカリマセン共和国の人になるから、オレ」
しかし忍は追及してこなかった。エシェル自身が忍には聞かれたくないと言ったのだから、その意思を曲げてまで知りたがるほどデバガメではない。
「いいけどね……むしろその共和国の人になった秋葉が見てみたい」
「何言ッテルノカワカリマセン」
「昨日の夕飯なんだった?」
「何言ッテルノカワカリマセン」
「明日の外交は司くんも一緒なんだっけ」
「何言ッテルノカワカリマセン」
「公爵が炎天下作業のバイト探してたけど秋葉が引き受けるって言ってたって伝えとくね」
「だーーーー! こんな炎天下で作業したら脆弱なオフィスワーカーは死ぬだろ!!」
ダメ!!
と思わず声を張り上げてしまい、周りに注目されてしまう。
……結局、早々にオレは忍の希望を叶えることになってしまった。忍はすでに満足そうだ。
「暑いよねぇ」
「暑いな。だから作業の話はなしな」
念を押す。
「午後は件(くだん)の公爵のところか……もう移動して時間まで涼ませてもらおう」
「時間とかまともにあいつ守ったことあったか? いればそのまま何だかわからない外交時間に突入だろ」
ストローからアイスティーを飲み切って、忍は提案してくる。賛成なので反対はしない。事実のみ返した。
「なんかお土産にシャーベットとか持ち込みたいけど、絶対溶けるよね」
「液状になるだろ。徒歩移動圏内だからべたべたになって終わる。嫌がらせしたいなら止めない」
「べたべたになるのは私です」
そんなことを言いながら、清算を済ませてすぐに移動。この時期の好天下での徒歩移動は正気の沙汰ではないがいざ歩き出して暑い暑い言っていると怒られるので、さっさと歩く。
オレも忍と行動するようになってから、歩くの早くなったよな。いや、元々だらだら暑いとか連呼するの、オレじゃなくて友だちとか周りの人間の方が多かったけど。
ある意味、それも諦めだ。
「涼しい」
「公爵、クーラー効きすぎ。人間の文明に毒されすぎ」
魔界の大使館に入ると、快適であるが忍はダンタリオンに会うなりそんなことを言っている。確かにバリバリ館内冷房効きまくってて、疑問に思わなくなって久しいがここは悪魔のいる館と思うとおかしい。
「これは元々ここにあった設備なんだよ。快適だろ」
「悪魔は多少暑かろうが寒かろうが影響ないのでは?」
と言いながら問答無用で窓を開ける忍。少し熱された風は入って来るが、キンキンに冷えた室内では大して気にならない。それに大使館の敷地は広い緑地だから街中とそもそも体感温度が違うのだ。
「否定はしない。でも快適に越したことはない」
「そりゃそうだな」
納得。なぜかここにはいないアスタロトさん相手に脳内で納得しているオレがいる。
「ミストシャワーと自然風の併用を提案します。それがだめならヘチマでも栽培して」
「あぁ、緑のカーテンだっけ? 都内の屋上緑化も進んできたよなー」
「魔界の大使館でヘチマの栽培はないだろう。自然風の方がいいことは確かだからミストシャワーは考えておく」
「やったー」
どういう会話なのこれ。さすがに付き合いが長くなってきて、しかも外交打合せの内容も日ごとに希釈度が高くなってきているので、最近こんな感じのことも多い。
「お前、ミストシャワーとか……なんか魔法でできるんじゃないの?」
「オレの周りにそんな雑用奴隷みたいなことさせるレベルの配下はいない。経済にも貢献できるし、なんとなく洒落ていて悪くない」
「不足分は雨水を使いますとか言っておけばエコっぽくて今時、人間間でも通りやすい企画だよね」
物はいいようだ。しかし設置容認のポイントはそこなのか。
「アパーム様が水の神様らしく、最近の改装であそこめちゃくちゃ流水使った感じになったから、涼みたかったら行ってみれば」
「表敬訪問の予定立てて!」
「いいけど。時々、お前すごくわかりやすいよな」
もう行きたくなったら本当は今すぐ行きたい感じだろう。涼みにというより、多分見学に。実際オレは改装後に一度行っているが、もう「ここどこの国? むしろ人間界?」みたいなことになっていた。
建物の中にまで清らかな湧き水っぽい水路が走っていた始末。
「ともかく」
話がさっぱり方向性を持ってくれないので、オレは自ら仕事っぽい話を振ってみることにする。
「最近何か変わったことないの?」
「……どういう意味で」
「お前オレたちが何しに来たと思ってんだ。仕事っぽい話でだよ!」
ミカエル撃退後、はっきりいってオレたちにできることはない。動いているのは結界をどうにかしてくれる術師とそれに絡んだ神魔のヒトたちで、主に迎撃部隊みたいなことになっているこいつは、見ての通り平常運行というわけだ。
「今日は暑いね。東京の夏ってある意味、南国超えてるよね」
その時、ものすごく涼しそうな顔をしながらアスタロトさんが部屋にやってきた。
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