15.ジェラート

館内全体に空調が効いているため、ドアは開け放たれたままだった。

大事な話をするときは閉めておくが、そもそも聞かれても困るような「人間」はうろついていないので形式的な感じだ。

書類だけは行き来しているため、現在地であるダンタリオンの執務室はオープンになっている。


そんなわけで、ノックもなく顔を出されてもまったく失礼でもなんでもない。


「アスタロトさんこんにちは。……外行ってたんですか?」

「うん、自分の足で歩いて分かることの方が多いし」

「聞いたか。クーラーの効いた室内で暑いとか言ってるどっかの貴族。ちょっとは見習って視察でもしてこい」

「視察するにしても公爵は車を使うのでは」


そんなことを言っていると、テーブルの上に縦長のケーキボックスが置かれる。

……ケーキボックス?


「今日来るって聞いてたからお土産。ジェラテリア ジンチェリータのジェラート」

「……」


アスタロトさん、タイミング良すぎて思考読みませんでしたか。みたいな間が忍からあったが、時間的にあり得ないだろう。

というか。


「そんな店この辺にありましたっけ?」

「阿佐ヶ谷だよ。有名だっていうから行ってみたんだ」

「阿佐ヶ谷……ってどこだっけ」


23区内は意外と狭いが、行かないところは全く行かない。ので、地名だけよく聞くけど最寄りの駅どころか何区だかわからなんなんてことはものすごくある。

ちなみに最寄り駅は「阿佐ヶ谷」であろう。


「杉並区」

「……杉並区ってどこだっけ」


杉並区のみなさん、すみません。

思いながら忍の疑問に引き続き、オレが聞き返す。

さすがに忍が自分で調べ始めた。


「中央線だ。しかも新宿より向こう側。そっちはさすがに行かない」


世田谷区の北でもある。官公庁ひしめく山手線内から見ても圏外の北西で、練馬区の南になる。

こちらは地方からの高速道路の最終地点「練馬I.C」で有名だろうが、正直、ベッドタウンの距離感なので全く縁がない。


「っていうか、ここからめちゃくちゃ遠い! アスタロトさんこれ……」

「あのね、熱波をシャットアウトすることくらいできるんだよ。保冷剤なんてボクらには必要ない」

「……日本文化に毒されて、現代の文明に浸りきった誰かしか見てないから、その発想はなかった」

「ふざけんな。回りくどい」


ベルを鳴らして執事を呼んでいる。すぐにもう顔なじみのヒトが現れて、皿やスプーンを持ってきた。


「そのまま食べられるんだけど」

「ここをどこと心得る」

「そんなことしてるうちに溶けるからね。ボクもう、保護してないから」


もうカジュアルな感じでいいんじゃないだろうか。勧められて忍がボックスを開けると、カップに入った色とりどりのジェラートが並んでいた。もちろん、スプーンもついている。


「なんか珍しい?」

「そっちがプラリネ、モカ、ジャンドゥーヤ、アマレッティ、メルノワ、ウバティー」

「すみません、モカしか判別不能です」

「ウバティーは紅茶だよね。あとはね、呪文に聞こえます」


完全に同意だ。


「悪魔は魔法を使う時に呪文とか使わないから」


わかる。

そんなことしてるうちに、攻撃されて終わる感じがする。

10種類くらいあるけどこの謎の人間界の呪文をすべて暗唱できるアスタロトさんがむしろすごい。


「全部説明してほしいけど、これ頂いていいですか」

「めっちゃ無難! 絶対それレモン系だろ」

「3つくらい選んでもいいよ」


明らかに黄色いレモンピールが垣間見えるそれを忍は真っ先に選んでいる。


「意外と冒険しないんだな、シノブ」

「知的好奇心で、内容が気になることは気になるんですが聞いてるとホントに溶けそうなので」


全くなのでオレももらった。銀のアイススプーンが出ていたが、付属のプラスチックスプーンですでに手を付けている。


「ラムレーズンくれ」

「いるよね、こういう時妙に大人ぶって、飲み物はコーヒー、甘いものはちょっとみたいな大人」

「ちげーよ。ふつうに食いたいんだよ。そっちのモンテ・ビアンコでもいいから秋葉、とってくれ」

「どれだよ」


貴族っぽい単語が出てきたが全く分からない。

ダンタリオンは自分でソファの方にやって来て、腰を下ろすとそれを手に取った。


「お酒っぽい名前」

「アルコール入ってるよ。追加料金付きのものを選ぶなんていい度胸じゃないか」

「……目が肥えてるって言え」


と言いながら、視線をそらしているダンタリオン。そんなことは知らなかったのであろう。ともかく、おいしい。


「で。こいつもすっかり観光モードなわけだが、そんな中で仕事の情報をくれと言われても」

「そんなこと言ったのかい? ……ダンタリオン相手に?」

「どういう意味だよ」


そうだなー観光モードなアスタロトさんの方が何か知ってそうだよ。情報くれって言うか少しは仕事の話しろという意味だっただけなんだけど。


「何しに来たかわからないから、ひとつくらい土産話くださいという話です」

「あぁ、そういうこと」


忍の要約。

すっごいわかりやすいわ。一応公務員には「復命」なるものがあって、出かけたら報告書を作らなければならない。

資料とかあったら添付して別添のとおり扱いもあるあるなのだが、話だけなのでこれがなかなか難しい。

その辺りは忍が得意な上に書記官として来ていることになっているので、それっぽく作ってデータを流してくれるからめちゃくちゃ助かっているという現実。


「土産話、ね」


アスタロトさんが何やら記憶をたどっている。これは期待が出来そうだ。

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