EP14‐1.伏見仁一(フシミキミカズ)
伏見仁一(フシミキミカズ)。
かつての宮家として現在の皇族の血に連なるやんごとなき系譜の末裔。
日本は宗教を持たないが神道を重きとするその法の中で、彼は異端だった。
異端の存在を見、異端の存在の声を聞き、幼くしてそれが疎まれることだと知った彼は以後、誰に話すこともなく密やかに人ならざりし者との交流を続けていた。
正しくは自ら望んでそういう場へ行っていたわけではなく、なんとなくそんなものに出くわしたり、巻き込まれたり。そういったことも多々あった、というのが正しい。
本来は見えないはずの「それ」を見て、話も聞こえるのだから当然といえば当然のことだ。
彼にとっては街角で人が話しているのと異端の者がそうしているのは大差のない現象だった。
そして彼もまた彼だけが知る密やかな世界を、決して嫌いにはなれなかった。例えそれが美しく優しいものばかりでなかったとしても。
そうして自分のいるべき場所が、虚ろうような心地で時折分からなくなる。
そんな折だった。
世界中に天使という存在が舞い降り人間たちの「駆除」を始めたのは。
どんな強大な軍隊を持つ大国も、およそ科学とは程遠い小さな国も、等しく抗うことはできなかった。
日増しに人間は地上から数を減らしていった。
日本においてもそれは例外ではなく彼らはどこにでも現れた。
翼があるからといって、必ずしも地下なら大丈夫というわけではない。シェルターなどに隠れた者は、まるで見せしめのように真っ先に忽然と姿を消す事例も少なくはなかった。
当然地上を行き来していれば格好のターゲットとなり、結局のところ安全な場所などどこにもないのだとまもなく人々は悟るようになる。
* * *
伏見家の敷地は広大だ
いかにも純和風な造りの旧宮家といった風情で、そこに生まれた者たちの振る舞いもまたそれにふさわしいものが求められた。
「仁一(きみかず)、今何と言った」
彼の親族である者たちの誰がそう言ったのか。
誰であろうと大した問題ではない。誰もがそう言っているようなものだ。視線は仁一を取り巻くように集まっていた。
「私が出てみると言ったんです。周知の通り今、現れているのはもはや天使だけではない。おそらくは悪魔といった類の存在も街を闊歩しています」
大した問題でもないのでキミカズはあくまで一人を相手にする口調で応えている。
同時多発的に現れた天使による大虐殺。続くように姿を取る異形の存在。
世界規模でそれらが始まってから結構な時間が経っていた。
この世界において、そちらの方が今は遥かに問題だった。
「私たちがここに篭城していても結局、襲われるのは時間の問題です。彼らにとって人間の作り上げた境界などというものは無いに等しいのですから」
もはや、誰もがそれを理解していた。けれど唸るようにして首を振りながら壮年の男性の一人は言う。
「それでお前が出て何になるというのだ。お前には何ができる」
「それは……外に出てみなければわかりません。けれど少なくとも私ひとりであれば自分の身を守ることくらいはできるでしょう」
「馬鹿な」
旧宮家の人間がこんなご時世に護衛の一人もつけずに出歩いていたなど公になれば大変なことになる。彼らはそう思っている。
本当におかしなことではあると思う。このご時世で公というのは一体どこのことを指しているのか。
みんなが自分の身を守ることで精一杯だ。それも反撃の術はなくただ身を隠すと言う「たまたま助かるかどうかも分からない」方法で。にもかかわらず彼らはこれ以上大変なことが起こると言う
白い羊の中に生まれた黒い羊
結局のところ自分はそういうものであるのだと思う。
彼らは自分たちとは違うそんなキミカズを、幼い頃はよくそんな風に扱っていた。久しくそれがなかったのは、キミカズ自体がそんな話をすることもなくなっていたからだ。
自分にとって都合のよい振る舞いをするものを問題視する人間は、旧家であろうと国家機関であろうとまずいない。
「お前が未だに人ではないものを見る力を持っていることは知っている。だが、それとこの現状をどうにかすることは別問題だ。伏見家の跡取りであるお前をそのような理由で危険にさらすわけにはいかない」
幻聴だろうか。大きな鳥が翼を打つ音が聞こえた。
広く開け放たれたふすまからは縁側を通して、庭の緑と空がよく見える。街に出れば建物は崩壊し、そこは荒廃していたが天使たちは緑地を荒らすことはなく庭もまた美しいままだった。
そして静かに降り立つ。キミカズから見て真っ正面だ。キミカズもまた静かにそこに降りたものを見た。
「きゃあー!」
彼を取り巻いていた内、一人の女性がその姿に悲鳴をあげた。翼の音の後に現れたのは天使だった。
聖書に描かれているその姿は様々だが現れた「それ」は人間の姿をしている。性別の分からない体型に長い髪。慈愛の微笑みを浮かべ、背には白い翼が生えていた。
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