EP14‐2.伏見仁一(フシミキミカズ)

なぜ天使といえばこの姿なのだろうか。

なぜ人でないのに人の姿をかたどったものばかりが存在するのだろうか。


もちろんそうでないものが伝承上には存在することも知っていたが、純粋な疑問は尽きない。天使は人間たちの騒ぎなど気にも留めず、腰を抜かした一番近くにいる男に向けてゆっくりと手を伸ばした

あまりの恐怖に他の誰も逃げることさえできずに、ただ脚を震わせ身体を硬直させている。


まさにその額に手が触れるその瞬間


「……」


キミカズが小さく何かを呟いた。一転して天使の足元が凍りつく。足だけではない。何かに縛されたかのごとく、天使の動きがそのままギチギチと締め上げられているかのように止まっていた。


何も目に見える変化がなかったわけではなく、ただ、その足元にはいつのまにか朱色の光を放つ布陣が敷かれていることを知り、彼らの視線はキミカズに戻った。

あまり大げさな動きにならないよう天使の反応にも細心の注意を払いながらキミカズは小さく印を切る。


ばさり


次の瞬間、砂のように白い粒になって霧散したのは天使の方だった。


「どうやら私の学んできた術式も通用するようですね」


キミカズはさして動じずに言った。

正直良いチャンスだと思った。

彼らはこのような異常なものを直には見たことがない。その恐怖も対処の方法も知らない。

一度どんな思いをするのか味わってみればいいのだ。その上で死を選ぶというのならその結末を迎えるのは、それを選んだ人間だけにしてほしい。


その気配を嗅ぎつけたかのように再び天使がやってくる。三体。正直、数が増えるとどこまで相手にできるか分からないが……


これは、チャンスだ


「どうぞ選んでください。あなた方が宮家の誇りを持って、この力を使うなと言うのであれば私は何もしません。ここにいる全員が塩となって消え去るまで、それを見届けましょう」


静かに降り立った天使と、キミカズの言葉に全員の顔色が失われていく。


「誇りと共に死ぬか、新しい世界の理を受け入れて生きるか、判断を委ねます」


天使たちは誰を選ぶでもなく彼らを三方から取り巻いた。


判断をするのは人間。

けれどきっと、この国は死にたがってはいない。この国の人々も皇族も消えた時、この国の神も死ぬのだろう。

共存共栄それはこの国の根幹に根付く調和の精神ではなかったのか。


キミカズの持つ力を今まで排斥しようとしていた者たち。しかし今、その力を否定したら間違いなくここにいる全員が死ぬ。

顔色を失った全員が、それを悟った。


世界が変わる時が来たのだ。否、おそらくは世界はそんなに変わるものではない。人が変わる時が来たのだろう。


キミカズは静かに、ただひたすら静かに彼らの答えを待った。

幸いなことに天使たちは相変わらず慈愛の微笑みを浮かべたまま。

まるで話の先行きを見守っているかのように中空にとどまっている。


異質な雰囲気とその重圧に耐えかねて一人が叫ぶように声を上げた。


「お前は一体何をしようというんだ! お前に何ができる!」

「先ほども言いました。何ができるかは外に出てみなければわかりません。私の力でこの世界が救えるなどとも思っていません。けれど、何かを繋ぐことはできるでしょう。きっとそれはこの状況において必要なことだと思います」


だとすれば。疎まれ続けてきた甲斐もある。ようやく自分は自分を偽ることもせずに生きることができるのだ。おそらくは力は活かすことができる。


天使が動いた。


「助けてくれ!」


一人が叫んだ。


「それはご指名ですか、ただの悲鳴ですか」


キミカズは宣言通り選択を迫る。あっさりと縁者は陥落した。


「キミカズ、お前だ! 我々が間違っていた! どう動けるようになるかはわからないが話を聞こう! お前には天使を退けるだけの力がある。その頭の良さもだ!」


二言目は余計だけどと思いながらもキミカズはそうして、ようやく彼らの前に立った。


こんなに派手に人前で動くのはどれくらいぶりだろうか。

密やかに続けていた己の適正への学びは結実し、そうして光とともにそれらを討ち払った彼は、名と身分を隠すことで自由の身となる。



伏見仁一。



否。一人の術師、「清明」として。

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