キミカズとプレゼント(4)ー解決。

「さて、魔界に帰るめどもついたわけだが……」

「ガープ閣下が待ってますね」

「……少し面倒だな」


もう少しここにいるかというフラグが立ったが、そこはまじめな西方の王。

用が済んだらもう帰るつもりらしかった。

大人しくダンタリオンの公館に一緒に戻る。


「じゃあオレはこっちだから」

「あれ? 一緒にダンタリオンのとこまでいかないのか?」

「あぁ、そっちはいいや。息抜きになったし、面白かったよ」


キミカズも普通に日々のストレスを発散できたらしく、笑顔で手を挙げて街角で別れる。

と、その裾を忍が不意につかんだ。


「?」


振り返る。


「どしたん?」

「……」


忍はなぜか黙って、じっとその顔を見ている。


「……忍?」

「……」


が、気が済んだかのように、オレが呼ぶとそれを離した。


「何? 別れるの寂しい? 二次会やるか?」

「いや、それはいいよ。うん」


いつもの顔で、キミカズに返す。

それから顔を上げて、涼しそうに笑う。


「今日はありがとう。助かった。……またね」

「あぁ、また」


そんなふうに会話を交わして、今度こそキミカズは街並みの人込みに消えた。


「……忍、どうかしたのか?」

「ん~私、自分の勘っていまいちよくわからなくて」

「?」


いきなり何を言うのか。

向けていた背中を返してこちらを向く。


「声の違いは聞き分けできるんだけど、人の顔が覚えづらいっていうか」

「うん、知ってる。ってか何の話?」


毎月会議で会っていた人間も、数か月会わないだけでわからなくなるという普段の記憶力からは想像もつかない人覚えの悪さは、本当に近しい人だけが信じられるレベルだ。

本人も自覚しているのだが、仕事で支障が生じていないので周りには本気にしてもらえないらしく。

会議の受付を頼まれると死ぬほどプレッシャーがかかるという。


「人間の顔には目と鼻と口がついている」。


曰く、興味がないとこの程度の表現になるのがまずどうかと思うが。


「……似ているものはどこが違うのか、真横に並べないと確信が持てないタイプなんだ」

「だから何の話なんだよ」


何かを悩んでいる様子。

だが、パイモンさんを待たせるわけにいかないので、忍の方から歩き始めた。

何かを考えこんだまま。


「シノブ」

「はい?」


道すがら、パイモンさんが声をかける。もう公館の門を抜けて庭に差し掛かっている。


「今回の召喚は転移だったな」

「そうでしたね、そういえばいきなり喚びましたけど大丈夫でした?」

「召喚というのは、大抵いきなりだ」


今更だけど、魔界とは時間の流れに差があるんだろうか。

それでも、風呂入ってるときにいきなり呼び出されたら困るだろうが、そういう話は聞いたことがない。

などとどうでもいい俗っぽいことを考える。


「私のことをまだ知らぬようだから教えておこう。私の場合は猊下を通したのち初めて召喚に応じるようになる」

「……皇帝陛下の方が先って、難易度高くないですか」

「これでも名を連ねるのは七十二柱だけではない、西方を束ねる王だ。軽く喚ばれても困る」

「……すみません、軽く喚びました」


それは日本にいたからかまわないと寛大なパイモン閣下。


「だが私はこれから魔界へ帰る。猊下にはゆくゆく話をすることになるだろう。……いつでも喚ぶことだ」


もっとも、と続ける。


「『指輪』がある限り、我々の意思に関わらず、すでに契約はなされているとみなされ、強制的に呼び出すことは可能だがな」

「……ソロモンの指輪、か」

「あぁ、でもそういうの苦手なんだよね。いきなり呼び出してあれしろこれしろとか、どこの暴君?」

「……シジルに敬意を忘れぬ者は、概ねうまくやっていけるだろうが、中には気が早く残忍なものもいる。喚ぶ相手のことを理解してからにするのだな」


……オレはその指輪を手に取らなかったことを後悔もしていたが、たぶん、オレが手にしていたらその後は無理だった。

ゴエティア、と言ったか。

七十二柱すべての悪魔の召喚や特性、シジルが記されたそれに目を通すのは、忍の方が適任だろう。


結局は、収まるところへ収まったのかもしれない。

勝手な解釈だが。


「お帰りですか。閣下、首尾はいかがでしたか?」

「問題ない。魔界へ帰る」

「……は?」


言葉の使い方が不器用なのは、日本人相手に限ったことではないらしい。

まず迎えたダンタリオンの珍しい礼儀正しさは腰から折られた。


「全部用が済んだんだよ。何に決まったとかどうするとかは後で話すから」

「……随分早かったな」

「助っ人が思ったより有能だった」


失礼だが、完全に同意だ。


「そういうわけだ。一人で探すのも物珍しい体験だったが、やはり現地を知る者の手を借りると違うな」


さっそく我がもののようにソファにくつろいでいるパイモンさん。

当たり前のように出てくる紅茶。

こういうところには序列を感じる。

まぁここは私邸ではなく公館だから問題はないだろう。


「とはいえ、夕刻は過ぎた。今日は二人も帰ってダンタリオンとの打ち合わせは後日するのがよかろう」


あ、態度は王様だけど、ちゃんと気を使ってくれるタイプだ。

……だからダンタリオンも無下に態度の軟化ができないんだろうが。


「そうですね、帰ってちょうどタイムカードが切れる時間だ」

「あんまりジャストタイミングで帰ると狙ってるっていじってくるやつがいるから微妙なんだけどな」

「実際狙うこともあるから、何ともいえない」


そこは否定しておけよ。

でも出張から帰った後にデスクに緊急とか伝言付箋が張られているとどっと疲れるよね、と付け加える忍。

そうだな、帰りたい時間なのにそこから緊急はないよな。


そんなことをつらつらと話しながら、パイモンさんに挨拶をして引き上げるオレたち。


公館を出ると唐突に忍が聞いてきた。


「ところで秋葉」

「?」

「何か私に隠してることない?」


…………。


忘れてたよ。一瞬と言わずに結構忘れてたよ。

今、何言われてるのか理解できなかったくらい、ふっとんでいた。

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