18.防衛

ウリエルの登場で一度はその動きを鈍らせた他の天使たちもそれを機に動き始めていて……


「我はウリエルと話しているのだ。貴様らは後から消し去ってやる。邪魔をするな」


低いくぐもった声が辺りの空気を振動するように発せられる。


「てめーらの都合なんざ関係ねーんだよ。家族会議は家に帰ってからやりな!」

「待て、御岳!」


退け! という司さんの声に、半ば条件反射に近い形で御岳さんは、前方への突進から踏み込んだその足でいきなり後ろに跳ぶ。

その瞬間、ミカエルを中心に炎が吹き荒れ、周辺のものをえぐり溶かした。

アスファルトの焦げる匂いが強烈に鼻を突く。


司さんの声とともに撤退していたのは御岳さんだけではなく、全員だった。神魔のサポートと霊装、術師の結界。

幸い、巻き込まれたメンバーはいないようだ。


総攻撃も大したダメージも与えられずに、終わった。

ふたたび距離を取って、円状にとりまくゼロ世代と、神魔数柱。

その上方では、ふたたび荒れ狂いだした下層天使と残りの神魔の戦いが再開されている。


「我が熱風は心地よかったか? そこな地上の悪魔よ」

「ボクかい? 残念ながら、君の渾身のプレゼントはここまで届いていないよ」


そういえば。

距離はあるにせよ、あれだけの熱量なのだから、高温の爆風を食らっていてもおかしくないはずだ。拠点も無事。さすがに術師のサポートだけでは危険そうだったが、風一つ届いていない様子。


……そして溶けたアスファルトと嘘のように無事な大通り。その境界にいるのは、エシェル……いや、ウリエル、と呼んだ方がいいのか。

「神の炎」の異名を持つ天使。

ウリエルがそれをとどめたのは想像に易かった。


「だそうだが、ウリエル、お前は滅すべき人間と……まして悪魔を守るなどという背信行為を犯したな」

「まさか。僕は僕の身を守っただけだ。」


オレたちが後ろにいたのはたまたまだろうと加えてウリエルの口ぶりはどこ吹く風だ。が、その表情は決して軽くはない。


「確かにね。ボクはこれくらいくらっても何ともないし。……守ってもらったとは思わないよ」

「その通りだ。僕が彼らを守る意味はない」


そう言いながらも、明らかに壁になってくれていたと思うのは、オレが人間だからだろうか。人間は、お人好しすぎるんだろうか。


「移動しよう。ボクらがここにいる意味もない」


アスタロトさんはそういうと、その瞬間にはオレと忍を連れて更に別の場所に跳んだ。


「意味、…って、この状態でオレ、どこかにいる意味があるんですか」

「そう言われても困るんだけど」


困られた。

うん、忍は召喚のデバイス持ってるから保護する意味があるんだけど、オレ明らかについでだったもんな。あそこに置いておかれても困るといえば困る。


「ウリエルが出てきた。さて、どうなると思う?」

「どう、って……ひょっとしてアスタロトさん知ってたんじゃないですか」

「さぁ? ボクはあの天使長殿と面識はあるんだけど、ウリエルは見かけたことくらいしかなかったし。君たちは随分、懇意にしていたみたいだけど」


ほら知ってた。そこは知ってたよ。

アスタロトさん知ってて放置してたよ。

こういうところが計り知れない。


「私たちが仲良かったのはウリエルじゃなくて、エシェルです」


ドきっぱり。忍が、特に反論するという調子でもないが事実を述べている。


「……うん。フランス大使だよね」


どっちでも良さそうなアスタロトさん。いよいよ「ウリエル」が出てきてもどっちでも良さそうな顔をしている。


「けど、彼の顔は知られているよ。もう逃げられない。天界からも、この国からも」


その言葉に心中ぎくりとしてしまう。『逃げられない』。エシェルは逃げているつもりなどなかったとは思うが、少なくとももうこの国にいられなくなるのは必然だ。

天界からの命令なんて下る前に、この戦いが終わってくれればいいとは思う。


そんな複雑な胸中とは裏腹に、ミカエルには傷一つついていない。


「公爵が脳筋マッチョって言ってたけど、本当ですね」

「直情型だから、攻撃は読みやすいんだけどね。絶対の自信を持っている」


忍と同じことを言った。


「並大抵の挑発にも乗ってこないから、ダンタリオンの真似しちゃだめだよ」

「……」

「忍、お前何かやろうとしてただろ」

「してない。模索中」


模索するな、この状況で。


すっかり離れてしまった拠点を見るが、どうにも流れがおかしいことになっている。ミカエルはウリエルを先に「断罪」することにしたようだ。

なぜか、天使同士で空中戦が……というか、正しくはミカエルの一方的な攻撃が展開され始めている。


「……」

「ウリエル、なぜ反撃をせぬ。諦めたのならば潔く断罪を受けよ」

「言っただろう。僕には勅命が下っている。君に攻撃する由はない。最も……」


翼が交錯する様に、地に落とされる態勢となったウリエルは、天を背にするミカエルに掌底を向けた。


「僕自身が危険と判断した時は当然、対処はするけれど」


ドン!と音がして閃光が天へむけて貫かれる。ミカエルは巨漢に見合わない素早さでそれを避けた。離れた隙をついて特殊部隊が縦横、どころか八方からそれぞれのタイミングで斬りこむ。


「悪いけど、正当防衛だよ」


再び神魔、人間が相手となるミカエル。ウリエルは虚空から一人、その戦いを見下ろす。その存在の是非はわからないが、ウリエルに攻撃しようとする天使たちはいない。ウリエルはただ、それ以上は敵としても、味方としても戦いには加わるつもりはないようたった。


「彼は傍観者か。ボクと同じだね」

「いや、結構助けてくれてるでしょう。二人とも」


忍も気づいていたらしい。地上を背にして反撃をしたのは、その下には清明さんたちがいるからではないのかと。

それも、人間として都合のいい解釈でしかないのかもしれないけれど。


「そう。じゃあボクもお人好しついでにもう一つ。あそこに見える子を迎えに行くべきか否か。迷っていたんだけど、君たちが決めてくれるかい」


そして示される。ビルの影。


「森さん……!?」


そこには森の姿があった。

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