17.十八秒
「……天使? ウリエル? このタイミングで大天使サマが一人増えやがったか」
最悪だ、と言わんばかりの和さんの横顔にはもう笑みはない。歯噛みして、噛みつきそうな目つきでそれを睨めつけている。
オレは忍と、少し離れた場所にいる清明さんを見た。
その視線に気づいた清明さんは、どこかばつが悪いような表情(かお)で小さくかぶりを振っただけだった。
エシェルの姿は、何も知らない人から見れば天使、と認識するほかはない。光をまとう白い翼と法衣のような服。だが、服と翼が変わっただけで、見知ったその顔は、その声は変わらない。
不思議と違和感は、驚くほどにはなかった
「僕の使命は見続けること。使命に反してはいない」
「外がどうなっているのか予想くらいはできたであろう。お前は『何も』しなかった」
突然に現れたもう一人の天使。始まった会話に、警戒しながらも誰も手出しはしない。休む時間を稼いでいるのかもしれない。いずれ下手に「手出しができない」状況には違いない。
二人の会話は周りに何も存在しないかのように、続いている。
「見続けるというのはそういうことだ。何かをすることで罰され、何もしないことも罰されるとはね」
ミカエルの、憤怒にも似た形相とその酷く抑えた口ぶりに、ウリエルの口調は相変わらず。エシェルのそれと変わらない。
反目し合うような会話に、更に上方で戦いを続けていた神魔たちの注意も集まって来ている。
「君に、今の僕に対する命令権はないよ」
「断罪に値する」
その時、ふいに。
話の合間に鳴る通知音。いや、着信音、だ。
このメロディは無設定で、街角でもよくどこかから聞こえてくるもの。
それが短いフレーズで4回鳴った。
そのせいなのか、場は水を打ったように、一瞬、静まりかえった。
「誰だい? こんな時にマナーモードにしないのは」
いつのまにか拠点(ベース)のすぐ近くに現れていたアスタロトさんが、場違いにうっすらと笑いすら浮かべて、いつもの調子でそういった。
「……」
沈黙は、続いている。
さして長くはなかっただろう。
まるでどこかから、文字通り刻一刻を刻む時計の秒針が動く音が聞こえてくるような静けさだった。
ウリエルが口を開きかけた、その時。
「!」
一斉に、特殊部隊が「ミカエル」めがけて攻撃を仕掛けた。
「総攻撃…… っ!?」
オレは襟首をつかまれ、結構な勢いで後ろに引っ張られる。
アスタロトさんが隣にいた忍ともども、そのまま大きく後ろに跳んで、若干なりとも戦場から遠ざけてくれたのだ。
そこから退くのは離脱で、不思議なことに遠いというほどの距離でもないのに、まるでそこが境界だったように、戦場の真っただ中からはずれたような距離に感じる。
「アスタロトさん」
「ごめんね、君は召喚者だからここで何かあったら困る。あの位置は危険だ」
遠ざけてくれた、が、先ほどいたのは拠点(ベース)。他の人たちはそこにいる。結界があらゆる爆風や凶器と化した飛来物をはじいてはいるが、特殊部隊員の並ぶ前線に近い。
そこから離れるのは、気が引ける。それだけの理由で危険に近い場所にいるのもどうかとは思うが。
「これは……」
オレはそこから、抵抗をはじめた屈強な天使に、間隙を入れずに続く一斉放火を見た。
「合図だね。さっきの着信音」
「合図? あの緊張感のないやつが!?」
誰がどう聞いても、マナーモードにし忘れた誰かの、空気を読んでいない着信音だった。
「秋葉、警戒音(アラート)だったら、相手も警戒するよ。でもあれだから人間側がなんでもないことを装えば、ただ偶発的になった音にしかならない」
「あのタイミングで合図を入れたのは司だろうね。それからきっかり18秒。全員が動いた」
18、その数字には聞き覚えがあるが、その意味はオレには理解できなかった。
「特殊部隊の第一期……ゼロ世代の人数ではあるけど……」
「そんな懐古的な演出を司くんはしない。知ってる? 人間て、半端な時間を集合時間にすると、いつも遅刻をする人間でも遅れてこないんだって」
「00分は『大体その時間』、例えば9時なら『9時くらい』程度の認識になる。これを数分切り上げることで、絶対的な設定時刻として認識するようになるんだ。大体、ではなく数分単位で『その時間までに行かなければならない』と」
曖昧に丸めた感じでなく、無意識に緊張感が出るってことか。
でもそんなことをしなくても、ここにいるメンバーなら20秒、とかでも守れたんじゃないだろうか。
そんな疑問を放ってみるとこれにも簡単に推論は返ってきた。
「20秒じゃ長いね。実際、あのタイミングで次のアクションが起こりかけていた。おそらく18秒というのは認識をして、総員が意識を向け総攻撃に対して呼吸という名のタイミングを整えるためのギリギリの時間なんじゃないかな」
……そこまで考えるのか。しかし、息を合わせるとの言葉の通り呼吸を合わせるのは必ず、いい結果になるのは目に見えている。すべて理に適っている現象だった。
「でも、18秒は結構長い。そういう意味では交戦状態、膠着状態どちらも想定されての設定だろう」
確かに沈黙だけで18秒では間は持たなかったように思う。
アスタロトさんが挟んだ何気ない一言。
あれが10秒ほどは相手の気を逸らしていてくれたのだと理解した。
「一斉攻撃には最良のタイミングだ。交戦時なら全員が刃を向けることはできない。出来得る限り、なんだろうけどこのタイミングは全員の意識が確実にミカエルに向いた」
「これって、さっき和さんが言ってたやつかな」
「あぁ、何かしようとしてたみたいだったか」
多分、そうなんだろう。一斉攻撃の指令。
そう考えるとあのタイミングで煽ろうとしたダンタリオンも、この作戦を知っていて全員がカウントスタートに注意を向けられるように、場をとどめた可能性はなくもない。
一斉攻撃は、他の攻撃対象には目もくれなかった。エシェル……ウリエルはと言えば、巻き添えを食らいそうにはなったが、特殊部隊……というより、ミカエルの反撃の余波を軽くかいくぐるようにして地上に降りている。
見上げるその先、天使長を名乗る「それ」の力は強大だった。
巨躯から伸びる腕を振り回せば、いくら強化を受けている特殊部隊員でも警戒する。巻き込まれないよう距離をとる。
思った以上に、そいつは頑丈だった。
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