16.傍観者

「どこにいるのかと思ったら」

「最初は上にいたんだけど、さすがに上は危なくて」


そうですね、ふつうに見つかりやすすぎますね。危ないの意味は本当にそのままなのか、謎だがなんとなく納得してしまう。

しかし、オレはオレ以外に忍を制御できそうなヒトが現れたことで、内心、ほっとしている。


「それで? 忍は何をするつもりなんだい?」


いつもの調子で、聞く。


「できることがあればそれを」

「そうだね、よく見ることが正しい判断を導く鍵だ」

「アスタロトさん、正しい判断て無茶されると困るからオレが来たわけなんですけど。推奨しちゃうんですか」


オレの問いにちょっと考えるアスタロトさん。ビルが大地震にあったかのように激しく揺れた。


「!」

「この建物は新しいし、しっかりしているからこの程度の揺れは心配しなくていい」


うん、わかるけど。ふつうに怖いと思うのが人間であり。


「特殊部隊の足場を作るという意味ではハルファスを行使するのがありだと思うんですけど、以前の件があるし……」

「召喚者には従うだろうけれど、君が警戒しているならやめておいた方がいい」


築城のプロであるハルファス。それは要石を破壊する役の一端を担った悪魔だ。正直、そんな邪悪な悪魔には現れて欲しくない。


「アスタロトさん、時間見は別として戦況、どう見ます?」


忍が聞いた。


「そうだね、ミカエルが相手というのは厳しいかもしれない。いくら特殊部隊でも直撃を食らったらただでは済まない」


もっとも彼らは真剣で戦っているから常に自身も一撃でも食らったら終わり、という意識はあるのだろうけれど。

と、付け足す。武器が武器だけに確かに訓練でも一歩間違えれば重症だ。

言葉にされるといかに紙一重のところで戦っているかわかった。


「……防御系の誰かを呼ぶべきですか」

「スピード補助なんてあったら便利なんだけどね。そんな都合のいい悪魔はいない」

「とにかく、一旦戻……った方がいいのか? これ。確かにここの方が安全な気がしてきた」



衝撃を感じるたびにあちこちに何かが落下してくる。その場所は近くはないが、ガラスにコンクリート片や時には破壊された建物の大きな外壁が塊となってアスファルトの上に落ちてくる。穿たれた道路自体も、あっというまに地上部は荒れ果てたような様相になってしまう。


「わかった」


唐突に忍。


「ここにいても仕方ないということが」

「……お前、また移動するつもりじゃないだろうな」

「戻ろうか。私たちだけ『避難』していても仕方ない」


そっか。確かにここは安全そうだけど、それじゃ意味がないんだな。オレたちは見物のためにここにいるわけじゃないんだから。


「アスタロトさんはどうします?」

「ボクはここにいるよ。避難じゃなくて、見学だから」


それを誰も責められはしない。戦況を見ている、と考えれば頼もしいし自分の身は自分で守れるだろうから、オレたちはアスタロトさんを無人のホールに残して引き返す。


再び同じ場所からビルの外に出る。激震。余震なんてあるはずがない。それはいきなり地響きのようにやってくる。数十秒にも満たない時間であるが。


「和さん!」

「局長と呼べやい」

「すみません、局長」

「秋葉、よく忍ちゃん連れ戻せたな。生きて帰れたら褒めてやらぁな」

「また縁起でもないことを……」


と、和さんの顔を見るが……いつのもわがままマイペースな顔はどこにもなかった。口元は笑ってはいるが、サングラスの下から戦況を見上げるその横顔には余裕の色はまったくなかった。つられて見る。ほんの少しの間に街並みは、凄惨なことになっている。


「さすが天使サマだ。ゴツムキな天使サマってのは初めて見たがよぅ、とんでもねぇタフさだぜ」


長期戦になれば不利。さっさと仕留めてしまいたい、とはいう。が、素人のオレでさえ、足止めが精一杯なのは見て取れた。


「神魔はともかく、人間側の持久力が枯渇する。スイッチで休ませるひまもねぇ。おい、アレやるぞ」


何事か指示を出すと通信を担当していた情報官が、その指示を流し始めた。コードナンバーなので、何を示しているのはわからない。


「小賢しい人間どもめ……蚊ほどの力しか持たぬ者がいくら集まったところで私を退けることは出来ぬ」

「その割には随分と遊んでくれてるじゃねーか。おしゃべりする余裕があるってことはわかるけどな」


通信機が拾う、ダンタリオンの声。今回は中層域で暴れているので、目視でもその動きが分かる。特殊部隊に紛れる形で、参戦をしているようだ。


「あるとも。貴様らよりもただ眺めているだけの同胞に、怒りを覚え始めたところだ」


ただ眺めている、という言葉で思い出したのはアスタロトさんだが、違う。ミカエルは「同胞」と言った。その意味は……


「どこぞで見ているのだろう? ウリエル。なぜ姿を現さない」


もう一人の傍観者。

エシェルが、この近くにいるのか。


「裏切り者が」


その言葉を受けて。


「……裏切り者とは、心外だな」


翼を持つ者が現れた。

明らかに個を持たないエンジェルスなどとは異なる高位天使の登場。攻撃の手を止めたミカエルに、戦場もまた一時、静けさを取り戻していたが、途端に走る新たな緊張。


エシェルだった。

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