出会い-白上 司(5)
「
「そんなものがお好みで?」
「いえ、実際手に取ることがないので気になっただけです」
間があった。
「手に取ることがない、規制されているものをなぜあなたが知っているんですか?」
侯爵は表情を消したような目で忍を見ている。
「と、いうことはこれは雷石なんですね。私は情報部局にいるので実物は見なくても、情報として見ているものが多いんですよ」
どこまでがはったりかわからないが、それが何か知っている時点で少なくともその石について忍は知っているということだろう。
「…………」
沈黙が返ってきた。
「申し訳ありません。私はこの国のルールとやらがまだよくわからず……確かに、それらは人間にとっては危険物でしたね」
司さんがいるのでお目こぼしになるかどうかは、自分の出方にかかっていると踏んだのだろう。
侯爵は1時間前の態度が嘘のようにルールを聞き入れた。
「ルールは早いうちに覚えて、徹底してくれればいいんじゃないでしょうか。今日のところは外交官の采配なので、改めていただけるなら問題はないのではと」
「気を付けましょう」
このままこの初めの交渉をチャラに出来るんじゃないか?
ちょっと思う。いまのところ、こちらの方が有利に見える。
「あともう一つ」
忍はさらに、液体の入った紋章の彫られた小瓶を何本かを出した。
「これも実物を見たのが初めてで……普通に第二級危険物として指定されている薬じゃないかと」
「なぜそう思うのです?」
侯爵は聞いた。
その瓶には特に説明や何が入っているのか特定する情報は記されていなかった。
「紋章ですよ。これ、ただの印ではなく魔力的なものを封じるためのものですよね。前に見たことがあります」
前というか、そういえばその小瓶を手にしたとき、端末で忍は何かを調べているようだった。
データとして格納されているものなら、通信が切れていても見ることはできる。
「あなたはどうにも危険なものに興味を抱く傾向にあるようですねぇ。でも、気に入りましたよ。ぜひに、懇意にしていただきたい」
「気に入られてしまいました」
その感想は素直にオレに向けなくていいからな。
「では危険ついでに言うならば。最初に出した香は何ですか? これは勘ですけど、とても危険なものでは?」
「勘だというならなぜ危険だと?」
司さんはその後ろで黙っている。
「少し嗅ぐだけで意識を失いそうになるからですよ。香として焚かれていたら、動けなくなるか、昏倒するかもしれないですね。……でも、なんのために?」
「……?」
少し嗅ぐだけで、意識を失いそうになる。
司さんも手に取っていたはずだ。そんなそぶりは見せなかったし、そんなに危険なものなら検査官に回すまでもなく気づいていたんじゃないだろうか。
司さんの方を見ると、すぐに自分の視線に気づいたが、その表情は少し硬い。
多分、司さんが気づいていなかったことだ。
情報を共有しきれていなかったことに警戒したのか少し表情が鋭くなった。
交渉としてはこちらが有利になる材料しかそろっていないが…
何か問題が……
そう思った時だった。
「しかもこれは白上さんが手にしたときは、効果がないようだった。つまり女にしか効かないもの、ではないですか」
「く…くくく」
侯爵がうつむいて小さく笑った。
「全くその通りですよ。あぁ、あなたは『もしも』私に懇意にしてくれたなら、さぞかし優秀な従僕になってくださることでしょうね」
「従僕になどなる気はありません」
カタン。
忍は席を立ちあがった。
「交渉の必要性すらないようです。あなたはルールを守らない方のようですし、私たちの仕事はこれで終わりです。揃って帰らせていただきます」
「ハハハハハ!」
今度は天井を仰ぐようにして笑う。
そして、悪魔も立ち上がった。まるで轟音が伴うかのような威圧感とともに。
『揃って帰れるとでも?』
「……じゃあどういう処遇になるんですか」
司さんが危険を察知したのか刀の柄に手をかけた。
オレももう、そいつが席を立つのと同時に立ち上がっていたが、感じるのは恐怖の二文字だけだった。
危険、危険
何もわからなくてもそれがわかる。
ここから一刻も早く離れないと、まずいのがわかる。
それは、初めて天使を目のあたりにしたときの、あの感覚を思い出させた。
ニゲナケレバ。
『まずは女、お前は初めに言った通り。こちらに来てもらう』
バン!とどこから爆ぜたのかわからない音だけが脳内に響いた。
いや、音なのか衝撃なのか。
次の瞬間には、どさりと音を立てて、忍が倒れていた。
にやりと笑う。
さらに次の瞬間、オレたちと悪魔を隔てていたテーブルが薙ぎ払われた。真っ二つに。
「……!」
それは悪魔の仕業かと更に恐怖を覚えたが、違った。
刀を抜いた司さんがいつのまにか前……オレたちと悪魔の間に立っていた。
『ふん、人間風情が。一人で私の相手をするのか』
「残念ながら『一方的な危害』を神魔が人間に加えることは、重罪だ。国外退去はもちろん、場合によっては消えてもらう」
『消えるだと? 私をお前が消せると思っているのか?』
「もちろん、死者が出ておらず、悔い改めるなら罪状の軽減も可能だが」
『悔い改める!? 魔の者に悔い改めろとは……』
本性がむき出しだ。
瘴気、というのだろうか。今は見えるほどにこちらに向かって噴き出している。
初めに感じた寒さの原因が分かった。
温度じゃない。こいつの垂れ流している悪意だとか傲慢さだとかそういった負の圧力が寒気となって感じられただけだったんだと。
「秋葉、忍を連れて出ていろ」
「え、……でも……」
司さん一人に何とかなるとは思えない。
床に転がった雷石、炎石。
あれが武器として容易に使えるというのならなんとか隙だけでも作れるんじゃ……
「余計なことは考えないで出るんだ」
視線がそれに向いていたせいか簡単に読まれた。
『一人たりとて逃げられると思うか』
侯爵の姿もただ、イメージを模されたものでしかなかった。
それまでは見えなかった二本の触手が、左右から司さんを回り込むように放たれた。
先に狙っているのはオレだ。
「!」
逃げられない……!
異形の生き物から向けられたその先が槍のようにするどく形を変えるのだけはわかった。
わかったところで一瞬だ。
『ぎゃあぁっ』
……一瞬にして、オレの周囲に迫ったそれは、切り捨てられてドサドサと無造作にあたりに散らばった。
「え……」
悪魔の悲鳴が響き、体液が床に広がる。
吐き気がしそうだ。
全く気持ちのいいものじゃない。
「これ以上ここにいると、トラウマレベルの光景を見る羽目になるかもしれないぞ」
それで初めて司さんがあの悪魔よりも全くの『余裕』であることに気が付いた。
一人で問題ないと言っている。
その意味が理解できたオレは慌てて忍を担ぐようにして部屋を出た。
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