象徴するもの(6)ー翼

結局、リリス様がヘビを発見したのは偶然ではなく、リリス様自身もヘビにまつわる強力な悪魔だったかららしい。


事なきを得たエリゴールさんとオリアスさん、そしてボティスさん……もういちいち観光で来る人の名前を憶えていられないので以後「ヘビ事件の三人」とか呼んでそうだが、ともかく彼らは安堵の表情で観光を続けるために去っていった。


純粋に魔界から召喚したのはヴォラクさんだけなので、忍の負担はそれほど大きくもなかった様子。


「司くん……というか、特殊部隊の心労がひとつ消えた」

「いや、リリス様が頻繁に来そうなことが発覚した時点で、割と心労だろ」

「個人旅行で来るなら別に構わない」


そうですね、司さん割と分別力ありますもんね。

オレは何か事あるごとに巻き込まれるんじゃないかと気が気じゃないんだが。


「ほらね、召喚もちゃんとルールにのっとって役に立てるでしょ?」

「練習台にするなら、その前に一言言ってくれ。……事件が解決したことは礼を言う」

「その言い方」

「ありがとう」


性格を鑑みてか、若干棒読みに言い直す司さん。

ちゃんと感謝は伝える方だが、相手によってなのかそういえば、ありがとうとか忍に行ってるところほとんど聞いたことがない気がするな。


レアだ。


くるぽーくるぽーくるぽー。


……なんか、餌もないのに足元でいろいろがうろうろしている。


「お前、この辺で餌くれる人って認識されてない?」

「ハトはどうかな。カラスはすぐに覚えてくれるみたいだけど」

「カラスの餌付けとか!? してんの!?」

「同じ鳥なのに、なんでスズメはよくてカラスはダメなの? 黒いからって差別なの?」


……そうだな、それを言われたら駄目っていう理由なくなるよな。

目立つところではやってなさそうだし。


解散前にオレたちは、通りすがりの小さな公園で小休憩。

ずっと室内でティータイムをしていたはずのオレが、主に疲れているためだ。


「この辺にカラスなんていたか? ……あまり漁る場所もないから見かけないと思うんだが」

「そういえば、住宅地だとごみ漁りしてるけど、この辺りはオフィス街だからいてもスズメくらいですよね」


漁るエサがないので、常駐というほどみかけない。

しかし、今まさに目の前に、カラスも数羽いるのだが。


「たまにはいる。というか、餌をくれる人と認識されて私の行動は見張られているのかもしれない」


冗談とも本気ともつかない口調で忍。

……スズメはやらないけど、カラスは確かにやりそうだ。


「見張られてはいないけど、お前、それ悪魔混じってないか」

「!!」


突然、ベンチの後ろからダンタリオンが現れた。

背もたれに両腕をかけて、初めからそこにいたかのようにうろつく鳥たちを見る。

その一部が、ダンタリオンを見るや騒ぎ出した。


「悪魔混じってるって……ていうか、なんでここにいるんだよ」

「オレも疲れたの! 女王様の相手なんて気ばっかり使うから、気晴らしに来たらお前らいるし」


ばさばさばさ。

何羽かのハトがまとわりついている。


「うわー、平和の象徴にまとわりつかれるお前とかないわ」

「いや、悪魔のヒトなんですか? 最近いつもこの辺りにいるハトですけど」

「そうなんか。おい、お前シャックスだろ。なんでそんなことしてるんだ」


くるぽー くるぽー


いや、ハト語しか話せてねーよ?

正体を気づいてもらえたと理解したのか、立ち上がってベンチ越しに見やるオレたちの前で、ハトたちは羽を収めて何事かを言っている。


「……何言ってるのかわかるんですか」

「わかんねーけど、そっちのカラスはラウムっぽいな」

「カラスまで!?」

「あと、ハルファス」


どういうことだ。忍はずっと気づかずに悪魔に餌付けしていたっていうのか。

たぶん、餌付けっていうよりこの感じだと、ヒト型に戻れません、食事の調達できません、みたいな気がするが。


「ヘビ愛好会に続いて鳥組に事件なの?」

「特に事件の届け出は出てないが」

「観光滞在組は、いちいち行動まで面倒見てないからな。解散したとこ悪いけど、何羽か連れて戻るぞ」


あー、時間外に突入するー

休んでいたのに、仕事が増えた……厄日だ。


ダンタリオンは大人しくしていたカラス組にもまとわりつかれながら道をたどるが……


「あれ、様になってるよな」

「うん、でもハトもいるからこそカラスが際立つっていうか」

「いずれにしても目立つから少し離れて歩きたい」

「お前らなぁ」


背中から各々感想を述べたところで、公館に戻る。

なんという振り出し感。


「連れて帰るのはともかく、オレたちが来る意味って何かあんの?」

「あるだろ。お前は外交官、ツカサは警察、シノブは……」

「随分、今日は訪問者の多い日だね」


さすがに四羽は止まりきらないのでばさばさと羽ばたくことで向きを変える悪魔らしき鳥たち。

その視線の先にはアスタロトさんの姿がある。


「訪問者って半分以上はお前らが呼びだしたんじゃ……」

「その四羽は悪魔だろう? その恰好のまま連れてきたことに意味はあると思うけど、ちょっと君はうかつじゃないか」

「?」


そう言って、アスタロトさんはこちらに歩を寄せてくる。

ハトの一羽に手を伸ばした。

ごく自然のようにそこに止まり羽休めをするように大人しくなる。


「君はシャックスだね。何があったんだい?」

「それを聞くために連れてきたんだろうが。さすがのお前も動物語は訳せないだろ」

「まぁ、それを得意にするのはカミオだからね」

「あぁ、そっちに聞くのも手だな」


そういえば、と一人ごちるダンタリオン。

それを聞くと、忍に転移をかけさせるかとでも思っていたのだろうことはわかった。


「とにかく一度別室で休ませてやってくれないか。この様子だと大分長いことこの姿でいたようだし」

「お前がそんなことを言うなんて珍しいな」

「その前に君に大事な話があるんだよ。悪いけど、こっちの方が先だ。いいね?」


そういうと、シャックスと呼ばれた悪魔はアスタロトさんの手元を離れる。

ダンタリオンの肩やらに止まっていたほかの鳥たちも離れた。


「じゃあオレたちもそっちで待ってればいい?」

「いや、君たちはこっち」


執事のヒトが鳥だけを別室に案内する。

オレたちはまとめていつもの部屋だ。


「お前の方から話とか。またややこしいことじゃないだろうな」

「事態をややこしくしようとしているのは君だろう。日本が長すぎて平和ボケでもしてるのかい?」


いきなりの悪態。

確かに色々が珍しい感じだ。

ソファに全員落ち着くより先にその話は始まっていた。


「どういうことだ」

「彼ら、それぞれ象徴する姿から戻れなくなっているようだね。どうするつもりだったんだい」


さすがのダンタリオンも平和ボケの言葉より先に、アスタロトさんからいつもの笑みが消えていることに気付いたらしい。

疑問というより戒めるような口調で、アスタロトさんは聞き返している。


「どうするって……話が通じない以上、保護するしかないだろう。転移召喚をかければ元の姿にはなるはずだしな」

「それだよ。そんなにほいほい召喚を使われても困るという話」

「……お前は使わせてるだろ」

「君、説教でも欲しいのかい?」


あ、何か見えてきた。

アスタロトさんは管理するように召喚を教え込んでいるが、ダンタリオンは便利に使おうとしている。

そこに何かとてつもない問題がありそうだ。


「……」


もはや言葉とは裏腹に自分で良く考えろ、といったニュアンスが伝わってさえ来る。

オレにそれが分かるのだから、ダンタリオンもわかっただろう。

当然、忍や司さんも空気を読んでいる。

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