8.保護(1)

その後、忍は保護の名目で護送された。……司さん家に。


「不知火ー。……癒される」

「そのまま寝るなよ。可能なら、先に調書取るから、適当に話しててくれるか」


司さん、適当でいいんですか?

オレも一緒にお邪魔をしている。とても片付いたきれいなマンションの一室だ。賃貸ではないので、ちゃんと広いし、眺望もいい。


忍は迎えに出てきた不知火に抱きつくとそのまま離れない。よほど触り心地がいいんだろう。不知火の方がどうしていいのかわからないような感じになっている。


「秋葉もそこ、座ってて」

「はい」


ソファに促されて座る。クリップボードとペンを取りに行って、司さんは不知火に忍をつれてきてくれと声をかけ、不知火はそのまま動かない忍をひきずってソファまで連れてきた。短距離のせいか割と力業だ。


「気が抜けたら、一気に来た」

「とりあえず水分とれ。ほら、秋葉も」

「あ、すみません」


用意されていたポットにお茶が常備されているらしく、一杯目はグラスにそれをついでくれる。二杯目からはセリフサービスで、と言いつつソファでうつぶせにぐったりとしている忍を見る。


「……ここの家は謎の癒し力があるから、私は起きられない」

「癒し力って。不知火もふって気が抜けたんだろ」


それでも普通ではそれくらいでは人前でこんなふうにダレたりしないので、よほど気が張っていたところ、一気に解除されたんだろうとは思う。

とはいえ、ここはそれなりに高い階層だし、部屋の作りも静かで解放的な空間になっている。


「なんか居心地の良さは否定できない家ですね」

「ありがとう。とりあえず、忍、調書」


それからは一問一答、みたいな短さで問答が続く。短い故に、忍も機械的に答えている。いつもの「きちんと説明」感はないが、むしろこちらの方が本来のしゃべり方だ。

合理性しか感じない。


「このくらいでいいか……どの道、忍は今日は俺の家で預かりだから、このまま休んでていいぞ」

「はい」


居候らしく、返事は丁寧だ。


「ちょっと本部と連絡とるから秋葉も適当に休んでてくれ」

「はい」


滅多に上がらない白上家。客人としてここでダレてはいけない気がするオレ。


「秋葉、ポット取って」

「お前はくつろぎすぎ」

「いくら私でもここは森ちゃんと司くんの家です。行動範囲は絞っています」


そうだな、公共の場は探検したがるけどそういうところは礼儀正しいよな。

しかし、ポットを取るくらいの行動範囲は広げてもいいと思う。


「ありがとう。……オレンジジンガ―、いい香り」


ポットの中身らしい。ようやく起き上がって忍は息をつきながらお茶を口にする。

割とすぐに司さんが自室から戻ってきた。


「忍はこのまま預かり。俺は護衛で残れと局長直々にお達しが」

「自宅で護衛とか、実質おやすみタイムだね。和さんが狙っているとは思えないけど」

「ふつうに考えてお前は、大変な目に遭ったんだから保護されてるんだよ。ちゃんと司さんの言うこと聞けよ」

「司くんちは保護猫シェルターか」


なんだろう、あながち、否定できないこの感じ……


「保護するという意味では合ってる。言うこと聞いて大人しくしててくれ」

「大人しくも何ももう眠いです。お風呂貸してください」


風呂入ったら眠気飛びそうだけど、埃っぽいところにいた上にずっと制服姿なのでさっぱりしたいらしい。


「タオル、出てるから適当に使ってくれ」

「はい」


返事だけはいい感じで、忍はふらふらと洗面所の方へ歩いて行った。


「しばらくここにいたんでしたっけ。もう勝手知ったる、って感じですか?」

「そうでもない。あれで全く勝手なことはしないから……」


もともと森さんのところに遊びにはよく来ていたようだから、今更な話ではある。けれど、こういうプライベートな場所でそんな話を聞くと司さんとの関係性が全く分からなくなってくる。


「……司くん、大変だ。着替えがない」

「そうだな、ちょうど替えで持ち帰った日に拉致られたんだったな。……適当に森の借りるか?」

「森ちゃんから借りるなんてとんでもない。適当にTシャツ貸して。森ちゃん帰ってくるまで、多分、寝てるし」


……関係性が全く分からなくなってくる(二度目)。


「領域を侵したがらないんだ」

「司さんの領域は保護されてないんですか」


どこか遠い目をしながら、司さんは着替えを脱衣所の前に置いた。オレも何となくわかったのでたぶん、遠い目になっている。


「異性だからざっくり言いやすいっていうのはあるんじゃないのか?」

「森さんはともかく、女の世界はちょっと怖いイメージ確かにありますね」


に、してもこの家に来た途端この無警戒っぷりは何なのか。司さんが信頼に足る人間だということはわかるが……人見知りの猫のように極端だ。

とりあえず、さっきまでの気の張りっぷりが嘘のように緩んでいるのは確かだから、休めるなら今のうちに休んだ方がいいと余計なことは考えないことにする。


オレもその間に、改めて飲み物だとか振る舞ってもらって、休ませてもらう。司さんがこのまま「護衛」でここに残るなら、一人で帰らないとなので一息ついてからにする。

忍に挨拶もしないで帰るのもなんだか尻切れトンボのようで、微妙だし。


「お風呂、いただきました」

「お前どこまでお行儀いいの」


友人宅で頂きましたとか。しかし、落ち着いたつもりが完全に見たことのない忍の着替え姿を見て、逆に落ち着かなくなりそうだ。

体格差は当然あるから、司さんのTシャツはゆるゆるなわけで。斬新な格好だ。それしか感想が出てこない。


「忍も出てきたし、オレそろそろ戻ります」

「あぁ、待っててくれた? ありがと、秋葉」


見送られながら微妙な気持ちになるが、司さんは制服姿なので、ことさら違和を覚えつつ。

その横に不知火がいるので、本当に護衛だなという感じはした。が。


ドアを開けた途端。オレたちは現在の天気を知った。土砂降り。リビングから廊下通ってくる1分足らずの間に、一体何がどうなった。


「……止むまで休んで行くか?」

「すみません、そうさせてください」


微妙な感じで、オレは司さんについて部屋に戻ることになった。

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