9.保護(2)

忍はそのまますぐに眠って、あとは夜まで起きなかったらしい。

あの土砂降りは大気の不安定さから起こったゲリラ豪雨らしく、三十分くらいで止んだのでオレも帰った。

そして、その翌日。


「やっぱり昼間も要注意だったな。秘密裏にしてるから護衛も限界があるし」

「いっそのことここに滞在させといた方が安全だったんじゃ?」


ダンタリオンの住まう、魔界の大使館。部屋は腐るほどあるし、アスタロトさんもいる(はず)なので、下手に誰も手出しできないどころか人間が勝手に入ってくることもできない。

一応、忍も組織人なので大っぴらにそれもできなかったわけだが、指輪を手にした後しばらく理由をつけて他部署に派遣扱いになっていたことから、今ならそれができないこともないだろう。


「公爵が協力してくれるなら、俺もその方が安全だと思いますが」

「協力してくれるなら、ってなんだ。言ってるだろ、魔界にとってもシノブを勝手に使われると厄介なんだよ。そういえばその厄介な原因を創り出した当の本人はどこ行った」

「?」


ここにいるメンバーに一体だれが?

首をひねっているとその疑問が声になって返される。


「誰が厄介な原因を創り出したんだい?」

「……」


ノックもなく、いつのまにかアスタロトさんがそこにいた。いつもならきちんと出入りに関してはそれなりの予告をしてくるが、今のは完全にいつからいたのかわからない感じだ。


とりあえず、話は全て通っていると思っていい感じはする。


「厄介な原因というのは、人間の権力者かい? それとも、情報漏洩? ……まさかの内通者に滞在許可を出していたことかな」

「く……」

「どこまで遡ってみる?」


微笑むアスタロトさん。厄介な原因、指輪を人間に渡したこと、であるのかもしれないがそう言われると原因のもとを追及していくと、ずっと過去までさかのぼらなければならない気がする。

それに、忍が指輪を手にしたとき、確かダンタリオンはアスタロトさんはその気がなかったようなのに、結局任せていたような記憶が……


「遡る必要はない。大事なのはこれからどうするかだ」

「突如前向きな発言されてもおかしいです、公爵」

「むしろ前しか見えない。後ろは絶対振り返らない、という気配しかしない」

「そういえば、どこの神話でも『死者の国から出るときには振り返ってはいけない』みたいなのあるよね」


ともかく、失言については認めたようなので、話を進める。ため息をつきつつ、司さん。


「指輪が魔界の管理下にある、という事実はそのままそれを扱う忍が、公爵たちの管理下にある、と言い換えてもいいでしょう。言い方ひとつで、何とでもなると思いますが」

「それは観光滞在のボクには全く権限がないからね」

「ある意味お膳立ては出来たわけだから、オレなら可能だな。シノブ、しばらくここに住んでろ」


……。

重なる沈黙。多分オレと忍は今、同じ感想を抱いたと思う。


なんか、主人不在で預かり先をたらいまわしになっている、ペットみたいだ。


「いいけどね……」

「なんだその反応は」

「あ、いや、そういう意味ではなく。あちこちぐるぐる回されているので、微妙な心地になってきました」


やっぱりか。


「おかしいな、最初はお泊り会万歳みたいな感じだったのに」

「俺の方がプライベートを維持してみせつつ、護衛するのが限界だ。すまないが、こっちにいてもらえるか」

「あ、でももう非公式で偉い人はみんな知ってそうだから、いっそオープンにして護衛つけちゃえば」

「絶対嫌だ」


いつまで続くんだ、それ。ともっともな感想が真っ先に忍から漏らされた。

ただでさえ目立ちたくないのに、一般……まではいかなくても組織内で広報されたら、有名人になってしまう。多分それが嫌なんだろう。


わかる。オレも始めの接触者とか、勝手に言われるの勘弁して。っていつも思ってるから。

忍の場合は、名称だけでなくて名前に伴う能力まで着いてくるから更に大変なことになるのは目に見えているわけで。


「秋葉がそんなこと言うなら偽情報で『始めの接触者がついに召喚の力を得ました。現人類唯一の召喚士です』って流してもっと有名人にしてあげる。信憑性はものすごくある」

「何言ってるんだ! 嫌だ! 偽情報でも尾ひれつきそうだからやめて!」

「……それをして、シノブに何かメリットあるのか?」

「秋葉にがっちり護衛をつけてもらい、私はいつものごとく書記官として随行する」

「なるほど、影武者ってわけだな」

「だからプライベートはどうするんだよ! それじゃオレの家に護衛が来ちゃうだろ!?」


司さんとアスタロトさん、静観。


「そうか……じゃあ秋葉もここの大使館でお世話になって、司くんと森ちゃんも遊びに来てくれるといい」

「何がしたいの。毎日お泊り会と大差ないだろうが」

「お泊り会といえば……」


その時、忍の電話が鳴った。珍しくマナーモードにもなっていなかったので、一瞬沈黙した空間に、着信音が流れる。水のせせらぎと鳥の声。


「すみません、切っておくの忘れました」

「いや、一瞬にして和んだから、とりあえず出たら?」

「失礼します」


そう言って忍は廊下に出て行った。そして雑談する間もなく戻って来る。


「お泊り会といえば、エシェルのとこに行く予定」

「電話は何だったの。お前がリアルタイムに出るってことは緊急じゃ?」

「だからエシェルのところでお泊り会」


電話が鳴る直前の話題が嫌でも続けているのかと思ったら、そうではないらしい。


「……ひょっとして、電話は例のフランス大使から?」

「……」


微妙な沈黙が流れる。

アスタロトさんにはエシェルの正体について、誰も話していない。ダンタリオンも、だろう。今の沈黙が物語っている。

観光滞在だからそもそも部外者だし、話すタイミングがあるはずもなく。ダンタリオンとは情報共有をする間柄という感じでもない。


だけど、もう気づいているかもしれないという謎の感覚が、全員を沈黙せしめた原因だ。

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