10.天気図(1)

「そうです。司くんのところで預かってくれてたけど、週一くらいは大使館でお泊り会するのもいいよねーという話になっており」

「お前、その話本気だったの? 全然本人会話に参加してなかっただろ」

「だってキミカズがなんか寂しそうにしてたから」


キミカズって言うかこの場合、清明さんのことだろう。清明さんとして顔見知りの公爵二人の前だと、紛らわしいのでそっちの名前を多分、使った。


「フランス大使館でお泊り会……なんだそれはオレに対する当てつけか」

「違います。公爵のとこでお泊り会もさせてもらうから、ちょっと待ってください」

「違う、そういうことじゃないだろう忍」


忍はパリピ……いわゆるパーティ好きな賑やか人間ではない。むしろそれらの言葉とはかけ離れた場所にいるタイプだ。が、好きな人たちと静かに過ごす日常感は好きらしい。

そういえば、お泊り会は何度かしたが、騒ぎまくるというより日常の延長でごく自然な雰囲気だった気がする。

何の目的もなく、友人宅で過ごすような学生時代のあの好き勝手な感覚。


地味にストレス不在の空間だ。


「それで、結論は?」

「今日はこのままフランス大使館に集合。森ちゃんとキミカズの予定は調整済。司くんのスケジュールは敢えて確認してないけど、護衛ってことでもう確約だし、あと秋葉」

「先に言ってくれよ。予定入ってたら行けないだろが」

「ということは、参加できるってことだね。あと、参加する気もある」


うっ。


深層心理をオレ自身より的確についてくる。司さんが呆れたように、先に一言モノ申す。


「俺のスケジュールを敢えて確認しないというのは」

「サプライズ」

「……」


それなりに驚いただろう、なんか違う意味で。森さんは承知済というところが通常運行だ。


「このままなだれ込むのか? 魔界の果物でも土産に持ってくか」

「公爵、それ凄い嫌がらせ」

「そうなのかい? エシェル・シエークルは神魔が嫌いなんだっけ」

「……」


再び微妙な沈黙。うかつにうかつなことが話せない。なんかアスタロトさん、エシェルに会っても普通に話しそうだけども。

周りが戦々恐々とし続ける羽目になるので、今回に限ってはご遠慮願いたい。


「ですね。だからアスタロトさん、あとでこっちの方で一緒にカードゲームでもやってくれますか」

「いいよ。大人数でゲームをするのはあまりない機会だし。楽しみにしてる」


山を越えた。

忍のそれはふつうに本気だろうが。


「オレはお前とゲームなんてしたくない」

「何、機嫌損ねてるんだよ。大人げない」

「違う。本気で言ったんだ。大体こいつの言うゲームはろくなことにならない」

「今のは忍が誘ってくれたんだからふつうのゲームの話だろう? まぁ、その時は一人寂しく大人げ出して静かにワイングラスでも傾けながら、過ごすんだね」

「……このやろー」


アスタロトさん、やめて。ふつうにエシェルの話題でこいつ機嫌悪くなってるから。

どこにいても戦々恐々しそうな日で困る。忍、なんとかしろ。


目で訴えた。


「何か飲みたいなら、買い出し」

「マイペースに予定立てないでくれる?」

「役割分担で、キミカズが家にあるもの持ってくるって言ってたから絶対、ふつうじゃないものだと思うんだ。庶民の味を堪能させてあげたい」


あー旧とはいえ宮家だからな。清明さん、そういうの逆に喜びそうだよな。家にあるもの持ってくるって、買い出し行く暇ないとかそういう感じっぽいし。


ではなく。


「帰り際に俺と忍で適当に買っていけばいいだろ」


オレもいます、司さん。

もうこの際、ダンタリオンのことは放っておくことにする。いずれ、オレにはどうしようもない。


その時。


俄かに窓の外が暗くなったかと思うと、いきなり強い雨が降り出した。


「見ろ。オレの機嫌が悪くなりすぎて天が怒り狂っている」

「悪魔なのに天が怒り狂うとか意味の分からないこと言わないでくれる?」

「確かに機嫌が悪い時に、ものすごい降りっぷりの雨を見るとなんかスカッとするよね」

「そういうものかい?」


個人の感性によるだろう。


「くくく、すべて流れてしまえ」

「浄化されるがいい、みたいな」

「忍、その悪魔に付き合わなくていいから」


そして雨が止むと一気に太陽が出て強烈な日差しが差し込んできた。


「この天気は公爵の機嫌と何か関係があるんですか」


あるわけないだろ、何を一体聞いているんだ。


「そうだなー明日晴れたら、ヴィーナスフォートでも行くかなー」


それはただのお前の外出予定だ。


「確かに雨が降ると、大気の塵が流されて空気が清々しくなるよね」


アスタロトさんもこんな感じなので、奇しくも雨のおかげで元の通りのテンションに全員が戻ったところで、解散となる。


「秋葉」


アスタロトさんに呼び止められた。


「この間、アガレスを観光案内しただろう?」

「あ、はい。オロバスさんと一緒に」

「何か言ってなかった?」


そういえば。思い出したのはまずひとつ。


「実はウァサーゴさんが、アガレスさんだったとか」

「お前、気づいてなかったの?」

「気づく方が普通じゃないだろ」


全然違う見た目、若者とじじい。しかも七十二柱で別人扱いされているのだからこれは観察力の問題じゃないだろう。

そして、もう一つ思い出す。


「あー天気のことも言ってましたね」


それは天気の未来予想図だった。

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