7.誘拐(2)

「ありがと、オロバス」

「ぼくは何もしてないよ」

「いてくれただけで心強い」


そうだな。一般人から見たら巨大な馬が直立歩行してるだけで驚きだもんな。自分たちはもう見慣れたが、たぶん、ごろつきとかいう人達はいきなり現れたオロバスさんに、びびったであろう。


「シノブ……お前な。オレが活躍する前に自主的に脱出とかない」


いつのまにかダンタリオンが現れて、丸めた何かの冊子で忍の頭を後ろから軽くたたいた。


「せっかく掴んだ情報も台無しだ」

「私も目的地に着いたらその辺、洗おうと思ってたんですけど救出劇が迅速すぎて何もわかりませんでした」

「公爵、その冊子俺にも貸してもらえますか」


司さんからも正面から叩かれる予感。


「叩かなくていいから。公爵が情報を掴んできたってことは台無しじゃなくて大体わかってるんでしょ? そっち聞いてよ」


忍は冊子という名の超軽度の武器が司さんの手に渡りかけたところで、肝心なことを伝えた。


「あ、ぼくも少し視ましたよ。もちろん、知らない人だったけど」

「? 視た、って何を?」

「オロバスも時間見の力を持ってる。つまり依頼者の顔を視たってことだろう?」


そのつもりはなかったのか、思わぬ副産物が手に入った。ただ、顔しかわからないというのは確認するには時間がかかるだろう。

そこはお前がうまく考えろ、ダンタリオン。


「何人か関係者をピックアップしてるから、あとで顔写真から照合するか。それでそいつの政治家人生は終わりだ」


くっくっく、と悪魔っぽい笑いをダンタリオンは浮かべている。


「いい仕事をすると内心感心したらその発言か」

「人間同士だと、権力持ちのゴミ掃除ってなかなかできないだろ? 今回の件はツカサが言った通り、魔界の力を利用しようという悪意しかない行為だから、二度とそんな気が起きないようにしてやる」


つまり、見せしめってやつだな。

この辺は、もみけしし辛いという点で、神魔側からの発言力は大きい。今回は大がかりな誘拐事件も絡んでいるみたいだから、然るべきところまで追えば、一網打尽で終わりだろう。


「オロバスを選んだのは正解だったね。忍、ほら、デバイスを返しておくよ」

「え、もう改修済ですか?」

「タイミングが良かった。取られてたら解析くらいはされていたろうし。使えない一時の間を縫うとか、行動の早さは褒めたいけど向こうにしてみれば残念だね」


ここはふつうの人間だったら「デバイスがない時にタイミングが悪い」となると思うのだが、確かにアスタロトさんに預けたのはそもそもそういう事態を回避するためだったから、何も間違ってはいない。

関係ないところで今度こそ感心してしまう。


「……すごく使いやすそう」

「GUIも大分いじったみたいだから、実際使いやすいと思うよ」


GUIって何。高度な単語出てきた。

そのまま声にすると「ユーザーインターフェース」、つまり操作性のことらしい。オレたちが仕組みも知らないのにアプリをいじれるのがその技術の筆頭とか。


……アスタロトさんが言うと、魔界のヒトなのにいい加減違和感も何もなくなってきた件について。ちなみに説明してくれたのはダンタリオンだ。


「忍もあとで聴取されると思うが、とりあえず休めるところに行こう」

「司くんは紳士だな」

「……いろんな意味で、目立つんだ」


言ってる間にKEEP OUTの黄色いテープが周りにまかれ始めている。

大通りではなかったが、煙が出ているので火事かと注目する人の目は多い。

それを改めて見て、忍。


「秋葉、危ない目に遭った時は『助けて!』じゃなくて火事だ!って叫んだ方がいいんだって。危険性が高いと野次馬は寄らないけど、火事だとみんな注目する」

「わかるけど。出火元とか延焼したら嫌だとかいろんな意味で確認したくなるけど」

「じゃあオレはオロバス連れて先に戻るわ」


待たせていたリムジンにオロバスと一緒に乗り込むダンタリオン。忍は礼を言って別れる。


「ボクも掴まる前に行くよ。それと司」


どこへなりと去ろうとしたアスタロトさんはその前に司さんを呼び止めた。


「ボクは彼らの前では『人間』と名乗っている。デバイスを使って下級悪魔の召喚も披露した。だから召喚者は一人じゃない、という話になると思うけど、そこはうまく使ってくれたら今後、楽になると思うよ」

「……わかりました」


じゃあ、と何事もなかったかのように背を向けて街並みを歩いていく。その後ろ姿は本当にふつうに人間にしか見えない。


「下級悪魔の召喚?」

「うーん、そんな機能はなさそうだけど」

「じゃなくて、アスタロトさんが召喚者?」


???


何が起こっていたのかが輪をかけてわからなくなってきた。それは司さんも同じらしいが……


「機密にして、政治家方面には攪乱情報として流しておけということだろう。局長や俺たちが認識しておく必要はあるが……とりあえず、それだけ話してくるから、ちょっと待っててくれ」


アスタロトさんに直接面識がある人間は、おそらく天使の襲来があった時に戦闘に参加していた特殊部隊の一部だろう。「正体不明の人間の召喚者」の存在は、また悪用を目論む人間がいたとしても的外れに労力を消費させる情報だ。


「うーん、監視カメラとかに一部始終映ってないだろうか」

「映ったとしても極秘扱いだろ? それかアスタロトさんのことだからそれくらい壊してるんじゃないの」

「そうじゃなくて、私が見たい」


……懲りてないな、こいつは。


「攫われてちょっとは怖かったとか、誰か助けてとか、そういうのないんか」

「誰かに助けてもらうためにオロバスさんを喚んだわけで」

「そうだな。怖いからなんとかしなきゃだもんな」


祈るより動け。みたいな姿が容易に想像できてしまった。


「まぁ無事で何よりだよ。司さんも心配してた」

「こういう事態になることをかな」

「わかってるのに、なんで大人しく救出を待たないんだ?」


何がどこまで伝わっているのかわからないから、待っていたら監禁間違いなさそうだし檻に入れられる前に、逃げたいというのはわからないでもない。


「掴まって思ったのは、きっと大勢動員されるんだろうなー、嫌だなー、名前とか無駄に広がるの、だった」

「どこまで忍んでいたいんだ。一応重要人物だからそういうことになるんだろうが」

「それが、重い」


……悪魔召喚ができるようになる王様の指輪を手にすることより重いのか?


「お前、お日様苦手なの?」

「日向ぼっこは好きだ。しかし、木陰がないと死んでしまう」


抽象的なやり取り。すぐに言わんとしていることを理解する。忍は目立つことが嫌いだ。


「夜はいいよね、静かだし。月も出てるとなおいい」

「思いっきり昼型なのに、何言ってんだ。それ、ふつうに自然現象に対する感想だろう」

「疲れてるんだよ、察して」

「そっか。悪い」


それは全く察せなかった。少しは疲れた顔するとかぼやくとかしてくれ。

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