6.誘拐(1)

なんだかんだいいつつ、楽しい友人宅でのお泊り会。

などが日常の延長で繰り広げられるものだと思っていた。存外、そいつらの動きは早かった。


「え、ホントですか、今の話」

「24時間体制というわけじゃないからな。プライベートな時間は特に注意していたんだが……」


忍がさらわれた。誘拐、監禁、かどわかし。どれもしっくりこない響きで、確定事項ではない。現時点ではいなくなった、が正しい。


仕事中も大体誰かしらと行動するようにはなっていたが、公然とした時間に、いきなり姿を消してしまったという。


「護衛も大げさにすることはできないし、公務中はできるだけ通常と同じ扱いで、と上からのお達しがあり」

「体裁でも気にしたか? 物々しくなるとシノブのことはあちこちに知られる可能性も高くなるしな」


ダンタリオンが珍しく、神妙な口調で応えている。


「いかにも、と言ってやりたいが誘拐だとしたら動きが早すぎる。また権力者関係か」

「わかりません。ただ自主的に姿を消したのなら連絡はあるかと」

「……誘拐。誘拐!?」


具体的な単語が出たので、脳内でイメージが明確化された。いなくなってしまった、といいう言い方だったので危害を加えられることは前提ではなかったが、誘拐というとそれ自体が危害だ。


「……お前な、今更確認してんの?」

「話題が遠すぎるんだよ! しかも対象が身近の人間過ぎてしっくりこない」

「それはわかる。こっちも情報が少なすぎてまだ判別ができないしな。とにかく足取りは追わせている。GPSもある地点を境に切られているし、そこから探っていくしかない」


ここに司さんと来るまでにも、黒服と白服の武装警察の姿をちらほらとみかけた。それがあのあたりなのだろうか。人海戦術はもう始まっているらしい。


「ことがことだけに、もし誘拐なら秋葉が思うより大変なことになる」

「もしも誘拐だったら……忍が大人しくしていると思いますか」

「だから心配なんだ。衝動的な行動には走らないだろうが、それだけに」


そうだな、衝動ではなく理性的に突発な行動に出そうだ。

忍は考えていることが複雑な割に、やることが決まると大胆なところがある。それを重々承知している司さんはそれで、危険な目に合わないかが心配なんだろう。


「仕方ないな、オレが動いてやるよ」

「……それ、善意?」

「悪魔に善意という言葉にまず疑問を生じるが、なんで素直にありがたいと思わないんだ」


ダンタリオンが自ら腰を上げたので、思わずオレは口走ってしまったがが、冗談を言っている場合ではない。こいつの交友関係は広いから、最大限のコネクションを使ってくれれば何かしら情報は入ってくるだろう。


「何度か痛い目に合ってるからなー……誓約書でも書いてもらったらいいですか、司さん」

「今回は魔界の側にとっても大事になりかねない。そういう意味では信用していいと思うぞ」

「どういう意味だ。全く。ならツカサ、有益な情報が提供出来たら何か奢れ。それでペイならいいんだろ」


ダンタリオンにしては珍しい提案をしている。が、その程度で済む程度の話ということだ。やると決めたらこいつも動き出すのが早い。


「秋葉、お前ツカサに着いて何かあったらすぐ連絡入れろ。ツカサはもう戻れ」


かつてない速さで解散する。

そして、事態は……かつてない速さで、解決を見ることになる。



地下駐車場への入り口。

排煙がうまく機能していないのか、黒い煙が下る急な坂の奥からそれが天井を伝って外に漏れ出ていた。


すでに警察が駆けつけて久しいらしく、その奥から反響して聞こえる声は、指示をとばしあっているもののようで、争うものでも荒々しいものでもなかった。

その入り口に「保護」された忍の姿がある。


「怪我は?」

「ない」


その隣にはなぜかオロバスさんがいて、煙をかいくぐるような人影がコンクリートの坂を上がってくるのをオレは見る。


「アスタロトさん!?」

「やれやれ。早々に戻ってきたと思ったら、事件だね」


面識はないものの、アスタロトさんの話は聞いていたらしき浅井さんが来るまで、事情聴取をされたらしい。


「何が起こったんですか?」


司さんは地下に駆け付けるより、護衛対象がここにいることでそちらの対応は現場指揮の他の隊員に任せるつもりのようだ。

もういろいろ終わってるっぽいし、後から報告が入るから正解だろう。

あと、アスタロトさんの方に聞くのも。


「忍がトレーラーに閉じ込められてここまで連れてこられたようだけど……自主的にオロバスを『喚』んで中でガタガタしているところに、ボクがちょうど通りすがり」


すみません、ちょうど通りすがれるような場所じゃないです。むしろ行き止まりの閉鎖空間です。


「灸を据える意味でトレーラーは壊しちゃったよ」

「……」


軽く言ってくれるが、惨状が目に浮かぶようだ。途切れない黒い煙がすべてを物語っている。


「壊したんですか、あのトレーラー」

「うん、護送者はごろつきっぽいけど、制約かかってるから誰が黒幕かは視えなかった」

「って、忍はそこにいたんじゃないの?」

「閣下に言われてぼくがシノブと先にここまで避難しました」


と、これはオロバスさんだ。有事の際の召喚相手は選んでいたようだったが、オロバスさんだったのか。しかし、一番顔見知りだし、誠実そうなので納得。


そして、一人残ったアスタロトさんは……何があったのか全く想像できないが、とりあえずトレーラーが炎上するくらいのダメージを受けたのはわかる。

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