良識の防衛ライン(後編)
司さんはもはやこちらを見ていない。
熱心というほどではないろうが、アホな会話には加わらず、さり気に周りに目を配らせている。
うん、仕事中だ。
「ポニテは和系のキャラで散々出尽くされているから、みつあみにするんだ」
やめとけ。
「みつあみ……さすがにそれはちょっと抵抗があるような……」
「大丈夫、おさげじゃなくて後ろで一本か横に流したらいい。編んでおけばそう邪魔にもならないし。で、チャイナ服を着るんだ」
……それ、普通に怪しい日本人じゃないか?
想像する。
「そうか、チャイナ系なら一線を画す上に、不自然でもない……! 上位武装者ともなれば、服装もある程度のカスタマイズが可能だったはず。早速、仕立てて……」
それは初耳だ。
真面目に考えると霊装は相性もあるので量産よりカスタマイズした方が性能が上がりそうだけど……ってか、不自然!
みつあみを始めた宮古を前に、さすがに不憫になってきた。
司さんが相手をしないのが、すごくわかる。だからこそ。
「あのなー。普通に日本人です、って感じでチャイナ服にみつあみとかビジュアル以前に違和感だろ? ほんとにやめとけって」
「まぁ言われてみれば、髪の色も一緒に変えたほうがいいかもね。敢えて寒色よりは暖色、特に緋色系がお勧めだ」
「どこの男女!? どこの馬鹿兄貴!!?」
むちゃくちゃ個人特定できそうな姿かたちが容易に想像できたので、もうこれ以上進展しない予感。
「もうめんどくさいから語尾はアルに変えたらいいよ」
「……確かにそんなキャラに覚えはないけど、ドン引き目に見えているよ」
それは忍も一緒だったらしく飽きたのか、自ら方向を変えた発言だろう。
「結局、どこに落ち着けばいいんだ、私は……」
「普通に公務員に落ち着けよ」
「黙れ公僕ぅ!」
「お前もだよ!!」
一瞬でも同情したオレが馬鹿だった。
いや、むしろバカはこいつだ。一生司さんには追い付くまい。
例え司さんが振り切ろうとしなくとも。
………………そもそもベクトルの出発点も向かう先も全く違う生き物だ。
把握。
「そんなに悩んでたのなら、直接私が結ってもいいかな」
ぱああぁぁ。
悲壮感にまみれていた宮古の顔が見るからに輝いた。
同情はしないが、やめておけ(三度目)。
「もういっこゴムある?」
「同じのでいいのか?」
「同じ方がいい」
なんだろう、この女子の会話。
そいつに女子を求めるのは間違っているんだぞ。
自身は長くなってくると鬱陶しいと切ってしまう方だ。
なので、ショートカットの姿しか見たことはないのに、意外に器用に結いあげていった。
「王道にして、異端。キャラ立ち間違いなしだよ、宮古さん」
さん付の敬称になったらしい。
そして……
ババーン。
「「……」」
たまたま顔をこちらに戻した司さんとオレの、本日二度目の沈黙。
そして、二度目の遠い目。
ちーん、という音がどこからともなく聞こえてくるようだ。
「これは……斬新だ! こんな斬新な剣士は見たことがない!!」
剣士とか。
まぁ侍とか言われても困るから、そこら辺が妥当だろう。
「待て待て待て、それはもう犯罪レベルだから! やめなさい、ポチ!」
「ポチに犯罪は不可能だろう!」
そこかよ。
「ツインテはないだろ!? 確かに斬新だよ、見たことないよ。いい年した男の警官がツインテとか!!」
「そうでしょう。宮古さんは細面だし、ゴツムキのおっさんがツインテするよりは違和感ないよね」
駄目だ、オレのなけなしの良心が逆手にとって制止される。
「髪もさらさらできれいだしさぁ、ねぇ司くん!」
……うまいことほめる言葉を混入しているので宮古はご満悦だ。
しかしそこで……振るか? 司さんに。
【つっこむ】・【スルーする】
今の司さんにはせいぜいコマンドがこの二つしか出ていないだろう。
「さぁ、選んで。右か左か」
「お前、司さんのコマンド見えてるの?」
「あまりの斬新さに言葉も出ないか! まぁそうだろうな」
「……それなら前より邪魔にならないだろうし、いいんじゃないのか」
隠しコマンド【スルーの上にめんどうだから、帰ってもらう】が発動した。
「そうか……いいだろう! 今日のところはオレの勝ちだ! 新しい自分をみつけて気分もいいしな!」
嵐は去っていった。
街ゆく人の奇異の視線を集めながら。
「……新しい自分をみつけちゃったらしいですけど」
「めんどくさい人が増えたね」
お前が相手にするからだろう。
ともあれ、あまりかかわりのない部署なので、弊害はないと思う。
自分たちには。
「……司さん、……大丈夫ですか?」
「そうだな。………………関係ないからな」
ドライ発言のついでに、内規の追加を提案するかとつぶやく。
戦闘における支障になりかねないため、理由なき長髪は禁止。とかだろう。
別に野球児だから坊主頭にしろとかいう無体なレベルではない。
社会人なら言われなくても空気を読んで自分から整えるレベルだ。
しかし、世の中には、それを文章にしなければわからない奴もいる。
……分からない奴ほど、自分向けの注意事項を読まなかったりするわけで。
「あの人、いつ自分の恰好がおかしいって気づきますかね」
「一生気付かないんじゃないか」
気付かないなら一生幸せということだ。
空を仰いでみると、バカみたいに気持ちがいい春の陽気が広がっていた。
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