地獄の音楽会(3)ー親善大使は音楽系。
ダンタリオンの公館。
その敷地内には、何もない広間がぽかんとあるだけの建物があった。
ベレト閣下が、ゲートから直接ここへ来たあの時の建物だ。
行ってみると、その時のような壮大な迎えはなかったが、床にはシジル――七十二柱個別の紋様が、みっつ描かれていた。
「ひょっとしてここって、直通経路みたいなもんなの?」
「一応大使館だぞー? 緊急要請があった時やあらかじめ迎えが必要な場合は直接ここに来られるようにしてやるんだ」
へぇ~ 仕事してたんだな。
観光の悪魔たちは問題を起こすこともほとんどないので、稼働率はもっぱら謎だが。
「時間だね、そろそろ来るよ」
またアスタロトさんが立ち会っている。
打合せにも参加していたし、今回はサポート役みたいな感じなんだろう。
クラシックに疎いとか言っていたダンタリオン一人より心強い。
シジルが三か所同時に光を上げた。
一瞬だ。
その次の瞬間には三人の悪魔がそれぞれのシジルの上に、現れていた。
「ようこそ、人間界へ」
と言ったのは、アスタロトさんだった。
「……ちょ、あれ。普通にフェニックスなんですけど」
「フェニックスって悪魔だったんだねぇ」
「いや、ユニコーンも悪魔なの?」
現れた悪魔は三人。
ひとりは獅子の頭部を持つ人の姿をしている。
資料によれば、プルソンという悪魔だ。
爵位は「王」なので、ベレト閣下の前例から内心、ドキドキしていたが、いまのところ一番「普通の悪魔」という感じで目立ってはいない。
むしろ目が行くのが残りのふたりだ。
それ以前に彼らが現れた時から、どこからともなく様々な楽器の音が聞こえているのも気になるが……
中でも緩やかな旋律の中に、全く別のトランペットのファンファーレがものすごい主張力で響いている。
王様クラスが登場する時は、これが定番の演出なのだろうか。
「フェネスク、アムドゥスシアス、人間の姿になれるかい?」
『もちろん』
フェネクスとは、日本人でもおなじみ「不死鳥」の姿をしている大きな鳥の悪魔だった。
アムドゥスシアスは、見た目ユニコーンだ。
こちらも有名な聖獣(?)なので、割と絵本やらなにやらでも登場している。
姿を知っている「幻想世界の住人達」だっただけに、目をひかれてしまったが彼らはアスタロトさんの声で人の姿を取った。
「はじめまして、外交官の近江です」
『聞いてるよ。私はフェネクス、今回ソリストで歌わせてもらうことになっているよ』
!!?
その声を聴いた瞬間、オレは言葉を失った。
ソリストとは、ソロで歌や演奏を披露してくれる……いわば、主役のようなものだ。
すみません……ものすごくだみ声なんですけど、大丈夫なんですか、この人。
「……人間界の空気が合いませんでしたか?」
「いや、こいつはこれが普通」
普通なの!? ソリストって言ったけど、これで通常運行!!?
ダンタリオンの何でもない説明がオレの不安を山盛りにしてくれる。
それをよそに、忍を含めたそれぞれが紹介をしあっている。
その間に、アスタロトさんがこそりと教えてくれた。
「本来の姿は鳥なんだ。ふつうに話す言葉もきれいな歌になるんだよ。そして、それを聞いた人間は
死ぬ
って言われてるね」
駄目だろそれぇぇぇぇぇ!!
コンサートホールで大虐殺が起きる……!
「セイレーンみたいですね。きれいな声の神魔にはよくある話ですが」
よくある話で死人が出たら大事件だよ!!
忍のフラット具合がある意味、異世界だ。
「秋葉くん、顔色が悪いけど大丈夫かい?」
「……いえ、大丈夫じゃないです」
『大丈夫。誓約がうまいこと聞いていて、そんな影響はどうも出ないみたいだから。試してみる?』
「エンリョします!!!」
試すも何も、聞きに行った時点で人柱確定に違いない。
「そうだな、お前らは協力者だから最前列のVIP席確保しといてやるな!」
きらーん。
おい、それわざとか? 親切じゃないよな、わざとだよな。
いきなりソリストがこれなので、ものすごい不安を感じていると、あとの二人も話しかけてきた。
「我が楽団は、トランペット隊が常に着いてきている。先ほどから聞こえていただろう?」
今はトランペットの音は消えている。
残っているのは静かに流れるクラシックのBGMだけだ。
そうか、あのファンファーレは王様登場の仕様だったんだな。
プルソン閣下の登場シーンが済んだので、そちらは撤収したということだろう。
「勇壮な演奏でしたね。でも今、聞こえているのは?」
ふつうに会話をしている忍。
たまには怯むとか、何かおかしいとか思ってみたらどうなんだ。
そういえば忍が「おかしい」と勘づくのは主に矛盾点が生じた時だ。
……この状況に、矛盾はないということか。
そういうことなのか。
「今のはアムドゥスシアスの音楽隊だね。閣下の音楽隊には役割があるけど、彼のは趣味というか、能力の一端だから」
「私の音楽隊は人には見えないんだ」
ユニコーンだった方のヒトだ。
資料によれば、爵位は公爵。あらゆる楽器の演奏が可能で、人にもそういった能力を授けてくれるらしい。
今回、合同練習に当たっても、これほどうってつけのヒトはいなそうだった。
「しかし、楽団が見えないって……せっかくなのにそこは残念ですね」
「我が楽団は、人数的にもセッションができるから、見た目は問題ない。むしろ合わせれば逆に効果が多きかろう」
「あ、ホールの広さ以上のものすごい人数で演奏してくれるってことですね」
これは想像以上に良企画になりそうだ。
……フェネクスさんが気になるところだけれど。
「人間の演奏家にとっても、すごく有益な時間になりそうですね」
「そうだろう。大使の力を見直したか」
「発案者はボクだけどね」
やっぱりというべきか、うん、ダンタリオンからは出ない発想だと思った。
オチが付いたところで、彼らはしばらく公館と演奏ホールを行き来することとなる。
結論から言ってしまえば……
コンサートは大成功だった。
魔界だの地獄だの言葉のイメージがネガティブな方面にひっぱられそうだったが、そこはチラシの見せ所。
美しい日本語を用いてカバーした。
そして、当日。
「本当にVIP席用意してくれたのか」
「ツカサにも用意したんだけどな。警護の仕切りで無線使うから、出入りしやすい場所で観るってよ」
来ている客も人間だけではない。
文字通り神魔が多く混じっている。
だから特殊部隊の警護も入っているわけだが……
異教の神様方は、高尚な趣味で聞く機会もなかったそのコンサートに、期待の表情を見せている。
予想以上の盛況ぶりに、警備の配置が急遽、増員されたほどだった。
「オレ、こういうのあんまり聞きなれてないんだけど、大丈夫かな」
「最前列で寝ることだけは禁じます」
忍から厳しい言葉が飛んでくる。
まずい、静かな曲が続いたら寝てしまうかもしれない。
あらためてプログラムに目を通した。
……知っている曲も何曲か組み込まれている。
大丈夫そうだ。
「それにしてもパンフレットがすごいことになったな」
「フェニックスとユニコーンと魔界の王だよ? なんていうか、これなんて劇団死期のミュージカル公演ですか、みたいなリアルにものすごいビジュアルになっている」
「うん、ミュージカルじゃないんだけどな」
フェネクスさんはきれいな女性の姿をとっていた。
これがソリストとして、不死鳥の姿とともにデザインされれば、魔界感はゼロに等しい。
……人間は見た目で、騙されやすい。
しかし。
「……フェネクスさんが歌うところ、結局見てないですけど大丈夫そうですか?」
「あぁ、彼が言った通り誓約で影響もセーブされてるみたいだからね。人の姿の声をふつうに聞いていられるくらいだから大丈夫だと思うよ」
「?」
「本来だと、人の姿になった時は耳をふさぎたくなるくらい酷い声になるんだ」
……あのヒト、日ごろから、どんな封印を施されてるんですか。
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