地獄の音楽会(2)ー天使にラブソングを

「ホルストの木星(ジュピター)入れてくれない?」

「忍はあの曲が好きなんだ」

「キャンディード序曲もアップテンポで勢いがあっていいですよ」


なんだよキャンディード序曲って。

オーケストラなど日ごろ無縁なオレにはついていけない会話だ。


「オレはあんまりこっちのクラシック聞かないからなぁ……よくわからん」

「じゃ、アスタロトさんは聴いてるんですか?」

「嫌いじゃないよ。映画もよく見に行くし」


何の……!


とりあえず、アスタロトさんの趣味の一端はまた明らかになった。


「ちなみにアスタロトさんはゲームとか、やります?」

「アプリや据え置きのことかい? ……やらないね」

「そうか、これが格の違いってやつだな」

「……………何が言いたいんだ、お前は」


そして珍しくダンタリオンをむっとさせることに成功する。

ダンタリオンは大衆文化……サブカル方面にも興味があるのでそういう細かいことの方を知っていそうなイメージがある。


「オレだって映画くらい見るぞ。ただ、映画館はなんとなく好きじゃないから自分ん家でな」


まさかの自宅鑑賞。

といってもホームシアターの部屋を思い浮かべると、それは普通にあっておかしくないのだと容易に想像できた。


「映画見てるならお勧めとかないの?」

「音楽系のか? うーん、古いけど評判いいのは『天使にラブソングを』っていうのがあってだな、聖歌隊の……」

「残念ながら、名作ですがそれは今の時代にはヤバいと思います」

「ナチュラルに自分が悪魔であること忘れてないかお前」

「映画は虚構だ。別にガチで宗教推しされてるわけじゃないから、お勧めだぞ」


聞いたオレが馬鹿だった。

忍は知っているらしいが、却下されているあたり、宗教色が割と強いんだろう。

それ以前に、タイトルでもうアウトだ。


「あ、そうだ。ここはひとつ日本らしく千本桜でも入れてみたら」

「千本桜?」

「いろんなところでアレンジされて使われてるよ。大分前だけどアクアのCMのピアノアレンジは絶品だった」


元ネタが分からないので、なんともいいようがないが魔界っぽさではなく日本らしさを魔界のヒトが奏でるのは、親善という意味でありなのではないだろうか。


「それならボクも知ってる。元はサブカル発祥だったね。でも、いい曲だ」

「ともあれ、選曲は秋葉の担当だから、あとは頑張れ」

「いつから担当になってんの!? ポップスならともかくクラシックは無理だ!」

「私が選ぶとマニアックになるから無理だ」


自分の得意分野は理解している模様。

すっぱりと自分に鉢を回さないように断られた。


「魔界のリラクゼーション系の曲とかあるから、それだけ情報もらえれば大丈夫そうだよね」


魔界という言葉がついた時点で、癒しとかリラックスとかすべてのイメージがおかしくなるのはなぜだろうか。


しかし、アスタロトさんの言うのは普通に高尚な静かなやつのことだろう。

任せる。


「というか、なんでオレたちにそんな話を? もっとプロっぽい人とか、高官通して企画した方がいいんじゃ……」

「先に市民目線の情報欲しかったんだよ。偉い人ばっか来たって親善の意味がないだろ?」


なにこいつ。

こいつにしてはむちゃくちゃまともなことを言っている。


「秋葉、何固まってんだ」

「えっ……いや、何って……固まるしかないだろ、今のは」

「どーーーいう意味だ」


地獄の公爵のグーが待っていた。

こめかみをぐりぐりやられて本気で痛い。


「折衝、という意味もあるんだよ。ソリストの悪魔にはいきなりお偉方に会うより、ここを通して君たちのような人間に先に慣れておいた方がいいと思うんだ」

「ダンタリオンが言うと、何か裏がありそうなのにアスタロトさんが言うと説得力がすごいですね」


なぜだろうか。

ようやく追い払ったダンタリオンは、再び拳を握りしめたが、もう一度襲ってくることはなかった。


「協演するのもプロとはいえ一般人だからな。変な先入観ついても困るから」

「確かに。高官の人たちは、仕事上腹に黒いものを抱えている人もいる上に、対応が妙に不自然だったりすることも間々」

「すごい言いようだけど、まぁわかる」


要するに市民対応に慣れろ、ということだろう。


「ってことは来るヒトたちは初めての来日なんだね」

「観光で来てればある程度、空気はわかるもんな」


オレと忍は顔を見合わせる。

何人来るのかわからないが、このままいくと、代表者に面通しくらいはさせられそうだ。


外交と言えば外交なので、それは飲む。

…………もちろん、忍は有事の際の人員として、巻き込む予定だ。


有事を有事と思わないところが、こいつの問題解決力の高さだと、オレは最近気が付いた。


「楽団は七十二柱から音楽の分野に精通する悪魔三人が仕切ってくれるよ。内一人はソリストだから、歌い手だけどね」

「お前らにはその三人と会ってもらうから。友好でも深めてくれ」


なんだ、その投げやりな言い方は。

そのつもりはないのだろうが、相手が親善大使というのであれば、友好を深めるのは間違っていない。


来日まで二日。

手元にある資料と、忍に調べてもらった資料を読み込みながら、珍しくオレはその日まで、内勤となった。

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