2.地獄の音楽会(1)ーそれは魔界友好事業です

「名前が悪い」


開口一番。

オレはそう言った。


「地獄の音楽会……どう考えてもふつうに阿鼻叫喚で恐ろしいことが起こるイメージしかない」

「そうか? シノブはどうだ」

「そだねー 地獄っていうと世間一般的には苦しい場所なイメージあるからねー……というか、魔界と地獄って同じ意味なの?」


そもそも論。

確かに罪を犯した亡者が落ちるという意味では、苦しめる側はとっちめる役であり、普通に考えたら悪魔ではない。


……というか、仏教用語だろ。それ。


「概ね同意で使われてるからなぁ……」

「やっぱり魔界の音楽会にした方がいいんじゃないかい?」


どっちも大差ないよ。行こうと思わないよ!


なぜか最近、さりげなく同席している銀髪の魔界の公爵の言葉に内心、つっこむ。

アスタロト氏は前回の一件以来、ダンタリオンの公邸にとどまっている模様。


「一応、人間側との交流事業でしょう? だったらそこを強調した方がいいのでは」

「「なるほど」」


話はふつうに仕事だった。

今回は、魔界側から友好を示すため合同で音楽祭を開いたらどうかという提案が出たらしい。


軽く国交事業みたいになっている。


そんなわけで、外交官として正規の務めを果たすべくここに居る次第。

忘れそうだが、ダンタリオンは一応、魔界からの大使である。


「じゃあ魔界VS人間界コンサート」

「VSしてどーする」

「親善なんだから、もっとこう、フランクな感じで……『人と魔のダークコンチェルト』」

「とりあえずダークははずしましょう」


発想がやはり悪魔。

……というか、アスタロトさんについては、冗談で言っているのか本気で言っているのか判別不可能だ。


「キャッチコピーは『ダークマターはエターナる』とか」


ラノベじゃないんですよ、アスタロトさん。


「忍、お前が決めてやれ?」

「えー」


と言いながらも考え始める。

そんなこと言われてもポンと出るわけはないことは承知。

しかし、話が進まなそうなのでここは、人間の感性が必要だ。


「普通でいいんじゃない? 『魔界の名曲宅急便』略すと魔界の宅急便」


何か違うものがポンと出てきた。


「普通じゃない。なんとなくジブリってる。遊んでないでまじめに考えろ。お前ならできる」

「考えてるよ。考えてもそっち方面が先に出たんだからしょうがないでしょう」


何がしょうがないんだ、一体。


「人魔共催 フィルハーモニー親善コンサート -響-」

「ふつうっぽい!」

「もっと捻ったのが来ると思ってたでしょ」

「うん、まぁ、何か無難というか妥当というか、そんな分かりやすいの来ると思っなかった」


素直に感想を述べるオレ。


「こういうのは、シンプルにわかりやすい方がいいんだよ。わけわからないタイトルつけられても、視界にも入らないでしょ?」

「確かに」

「最後の -響- というのが魔界っていう言葉の重さを軽くしているね」

「むしろそこがメインタイトルなんだろ? いいんじゃないか」


公爵様方は絶賛している。


「そんな感じで、あとは告知に『親善交流事業』の文字は入れるでしょ? 趣旨を明確にしておかないと」

「ふんふん」

「で、キャッチコピーで目を引く。だからむしろタイトル自体は簡潔にして、こっちをどう魅力的にするかがポイントだと思う」


タイトルだけでなく、チラシの作成まで企画案が出来そうな勢いだ。


「魔界から来るヒトはスペシャリストだろうから、そこははっきり書いて、協奏するならそこも強調した方がいいね」

「ベレト様の楽団一つ借りればいいんじゃないの?」

「お前、それだと魔界じゃなくてベレト閣下親善事業になるからな?」


そうだった。

ここは魔界の名だたる音楽家(いるの?)を集めてやるのが肝だ。


みんなでやることに意義があるんだった。


「ソリストもいるからね。何人か紹介を入れたらいいだろう」


アスタロトさんはやはり先ほどは遊びだったらしい。

ものすごくまともな意見で乗り始めた。


「人間界で言うと『英国陛下の近衛軍楽隊』とかあったから、そんな感じで魔界側もキャッチーなのを考えたらいいと思います。それっぽいのいくらでもつけられそうだし」

「おー。そうだな、大体楽団は貴族持ちだし、そんな肩書に弱いならいくらでもつけられるぞ」

「その言い方は若干あざといからやめとけ」


感心したようにあごに手をやって、乗り出したダンタリオンに一応、忠告しておく。

それをテーブルの脇に立ったまま眺めるアスタロトさんはなんだか、楽しそうだ。


……いや、このヒトいつも、雰囲気的にこんな感じなんだけど。


というか、魔界の貴族って、けっこう私設楽団持ってるんだな。

さすが貴族というべきか、妙なところで格の違いを認識してしまう。


「で、リードコピーに次点でPRしたいこととか、詳しいこと盛り込んで……」

「お前、広告代理店の人なの?」

「チラシはターゲットに合わせて、心理を読み込まないと効果がないから考えるの割と楽しいんだ」


原動力については分からないが、確かに料理店の広告が青配色だったらなんとなく食欲無くす。

いかにそこに調和をもたらすかということだろう。

楽しいかどうかはともかく、センスは大切だ。


「今回はターゲットらしいターゲットがないから、そういう意味では難しいけど異世界間コンサートはふつうに目を引くと思う」

「ま、会場が都内だからな。曲目もふつうに……」

「お前の普通がもはや普通じゃないんだから、そこは普通の人間頼れ」

「秋葉くん、やってくれるのかい?」

「え」


葬送行進曲とか言われそうで先手を取ってみたが、藪蛇だった。

コンサートの曲目……

貴族楽団、魔界からのソリストの参加。


……無理だろ。


「警察音楽隊のミニコン見に行ったことがあるけど、刑事ドラマのメドレーとか面白かったよ」

「それな、今回については、何の参考にもならない」


魔界っぽくしたら特徴は出るだろうけど、何かこう、楽しい雰囲気じゃなくなりそうだ。

言わんとしていることがわかったのか、忍は他のアドバイスをくれる。


「公爵の言うように席は余裕で埋まると思う。だから定番なのでいいと思う。あと、意表をついて誰でも知ってるような映画のメインテーマとか」

「練習期間もあるけど、魔界の楽団は割とハイレベルだから人間界の曲に合わせられると思うよ」


元々芸術的な感性を授ける悪魔とかもいるみたいだから、それは納得だ。


「ベレト閣下の音楽隊なんて、一音でもはずしたら業火に焼かれる覚悟だしね」


違った。

命がけだから、ミスが許されないのか。

ある意味、プロ中のプロの集団だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る