地獄の音楽会(4)ー人と魔のセッション

「覚醒して真の姿になると、力が解放される系のヒトなのか」

「日本以外じゃ、どっちにしても会話すらできないんじゃ……?」


意外と心理をついていたのか、あははと笑う。

まだ開演前で、大分あたりもざわついている。


「日本にもいるね、八咫烏(ヤタガラス)は見た人間が死ぬといわれてるんだろう?」

「えっ、ヤタガラスってサッカー協会のシンボルにもなってるあの……」

「三本足のカラス。なんだい? 知らなかった?」


そう言われると、日本の神様については姿も現さないので元々詳しかったわけでもなく。

知識的には自然と異郷の神魔に偏っていた。


「ヤタガラスって……そんな不吉な感じなわけ?」


つい、忍に聞く。


「違うよ。霊性が高すぎて人間の方が……強い光を見て目がつぶれるとか、そういう感じなんだと思う」


すごくわかりやすい例えだ。


「ちなみにヤタガラスの大きさは一メートル」

「大きい! ……それ、ホントにカラスなのか?」

「神魔にまつわる存在を大きさで計っても意味ないと思う」


そうだな、不知火とかふつうにでかいもんな。

身近な例えがいたので、納得した。


そんなことをしている間に、チューニングが始まった。

オーボエの音をかわきりに、全体がそれに合わせるように数を増していく。


コンサートの開幕を告げる定番なのか、心得ているらしき観客は、すでに口を閉ざして黙しはじめていた。


音の厚みは、ステージ上に見える音楽隊の数よりはるかに多い。

アムドゥスシアスさんの「目に見えない楽団」が参加しているからだろう。

耳のいい人は、すぐにそれに気づいたはずだ。


オレでも目で見えるより遥かに、規模が大きいことはわかる。


そして、アムドゥスシアスさんの指揮により開幕。

プルソン閣下は、そもそも監督側向きなのか、今はダンタリオンの隣に座ってそれを見ている。


ここから、誰もが口を開く空気は一切なくなった。




クラシックなんて聞かないオレでも圧巻だ。

VIP席であることもあるだろう。


プログラムも同じ曲調を長く続けないことで飽きさせないようになっているし、何より「すごい」のがわかる。

何がすごいのかは詳しくない人間には、表現できないが……


少なくとも寝ている暇なんてない。



そして、フェネクスさんのソリストパート。



わぁっと歓声が上がった。

ソロで進み出た美しい女性が、声を上げる瞬間に、美しいフェニックスの姿になったのだ。


紡ぎだされる言葉は、姿にふさわしい声だった。


言葉、というよりもはや音だ。

歌そのものが、音楽になっている。


忍からはふつうにしゃべる言葉も歌になって、召喚者も魅了されてしまうことがあるという話を聞いていたが、その理由が分かった。



美しい歌で魅了して、人に接触をする神魔の話は世界中にある。



これは、歌心のない人間でも引き寄せられるというものだ。


それくらい、素晴らしかった。



* * *



『あぁ、楽しかった。まさか大勢の人間の前であの姿でうたう日が来るとは思わなかったよ』


……。

親切に、人の姿になってくれているので、だみ声。


「大成功だったな。むしろ、人間にとっては元の姿に戻るのも演出だ。まして、フェニックスは名の知れた存在だからな」

「反響もすごいよ。グッズでも作って、たまにはこっちでアーティスト活動でもしたら?」


アスタロトさんの言葉に、それも楽しそうだとフェネクスさん。

このヒトは音楽が好きなんだな。


能力を授けるからには得意分野なんだろうけれど、力の使い方が少し、他の悪魔とは違う気がする。


「我も良いものを見せてもらった。魔界でも協演などというのは行われないからな。実に有意義な時間だった」


これはプルソン閣下。

全体を取り仕切っていたアムドゥスシアスさんも満足そうだ。


人を笑顔にして、自分も笑顔になる。

典型的な、満足感がここにある。


「フェネクスさん、影響がないことは分かったんだし元の姿に戻ったらどうですか。アムドゥスシアスさんも」

『平気かい?』


見た目重視の人間を慮ってくれていたのか、逆に忍は気遣いの返答をされている。

返したのはダンタリオンだ。


「こいつらは見た目云々じゃそれほど驚かねーよ。というか、シノブに至っては、人外好きだしな」

「人外好き……」

「誤解を招く言い方はやめてください、公爵」


うん、アニマル好きって言ったらもっと失礼だからな。

誤解はないが、それはさすがにオレも適切に訂正できない。


『では、戻るとしよう』


プルソン閣下以外のふたりはそれぞれ、フェニックスとユニコーンの姿になった。


「……かっこいいですねぇ」

「本音出てる、本音出てる」


麗しい声以前に、優雅な巨鳥と、一角の白獣の姿にやられている。


「ほぅ、シノブとやらはそういった姿を好むのか。……我の乗りものも連れて来ればよかったな」

「乗りもの?」


神魔……とくに神様たちは、いろいろなものに乗っている姿で描かれていることは知っていた。


インドの方だと、象とか亀とか。

悪魔でも貴族クラスになると自分の足で歩かなくてもいいように、乗り物があってもいいだろうことには合点がいく。


「こいつはな、大体クマに乗っている」

「「……クマ……!!」」


やばい。


まーさかり かーついだ


とかいう歌しか思い浮かばない……!

魔界の王が、日本昔話になってしまう……!!



「…………クマを乗り物にするというパターンは初めて聞きました」

「強靭な生き物ゆえに、攻撃力もあるのが良いぞ」



若干の沈黙が、忍の心境も物語っているな。

たぶん、同じ歌が脳内に流れたはずだ。

そして、忍はどちらかというとかっこいいとか品がある系が好きなので、ごつい系の荒々しさは求めていない。


「確かに、防御も剛毛っぽいですね」


もふもふはできそうにないという、心理が手に取るようにわかる。


馬のたてがみは美しく、疾走する姿はしなやかだ。

そして、舞う鳥は優雅である。


くーまにまーたがり おうまのけいこ


やばい。脳内から離れてくれなくなった。


「しかたがない、何が好みなのだ。褒美に何にでも姿を変えてやるぞ」

「え、ドラゴンとかですか」


もふもふできないだろそれは!

荒々しいの極致だ!!


というか魔界の王様もふもふさせてくれる気なの!?


いろいろ危険だからやめとけ。


「プルソン閣下、こんなところでドラゴンになったら天井突き破るよ。次に来るときまでのお楽しみにしたらどうかな」


誰のなんのお楽しみだ。

しかし、良心的なアスタロトさんの制止なので、黙っておく。


「そうですね、またセッションしに来てください。みなさんも」

「喜んで」


これ、本当に悪魔の集いだろうか。

オレには、ダンタリオン以外は悪魔に見えない。


プルソン閣下は見た目、悪魔だけども。


「秋葉とやらも、サポート、ご苦労であった」

「あ、いえ。……こんな訪問なら歓迎です」


いつからだろう。


そんな言葉が出るようになったのは。


というか、多分、初めてだよね!



社交辞令、というには彼らは多大な貢献をしてくれたように思う。



その言葉に、芸術を愛でる三人のアーティストは、満足そうに笑ったのだった。



* * *



「で、次の公演はいつにするー?」

「何言ってんのお前」


それは彼らが魔界に帰ってすぐのこと。

ダンタリオンが講演の終わったチラシをひらひらとさせながら、頬づえをついている。


「いや、盛況すぎてアンコールの嵐だろ? 結構これ、ボロい仕事だわ」


あの三人は親善事業だから、たぶんボランティアで来たんだよな。

そういえば、お前は何もしていない。


成果だけはものすごく上がっただろうけど、



お前は楽してただけだろう。



気付いたオレはチラシを取り上げる。


「そりゃね! 本人たちが乗り気なのはいいけど、そこに付け込むのはダメです!」

「……だって、オレ、悪魔だもん。善意に付け込んでなんぼだ」


こいつ……


「開き直るな! お前が一番悪魔なのは知ってんだよ! 多大な周囲の協力があったことにまず感謝しろ!」



「……随分と、人間らしいことをやってるねぇ。彼は」

「ここ、人間の国ですからね。そういえばアスタロトさん、見に来てた神様たちもセッションやりたいーって言ってたの聞きましたよ」

「神様? ……あまり楽団を持ってる話は聞かないけど、どうやって?」


オレとダンタリオンがやりあっているその横で、アスタロトさんと忍は別の世界でのんびりと話している。


「さぁ……でも、神様たちは自然の化身が多いから、水琴窟みたいなことができるんじゃないですか」

「なるほどね、さしずめ雷神はパーカッションということか」



それ、本格的なオケじゃなくて、見た目で楽しむコンサートになるからな。


小耳にはさみながら、それはそれでありだけど、別口でやってほしいと切に願うオレだった。

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