秋葉くんと本須賀葉月(2)

その後忍がどうして平気になったかというと……


「こんにちは、ガンダルヴァ様」

「おぉ、よく来たな。……今日はシノブはいないのか」

「土産、預かって来てますよ」


土産というか、不織布に入った匂い袋だ。


「そうか、何かうまそうな香りがしていると思ったんだ」


忍が一時期マイブームにしていたアロマの知識が役立った。

二度目の訪問以降、忍はこういうものを用意して、自分から香りの方に意識を逸らすことにより保身。

その内、香り談義で仲良くなっていた次第。


「これは西方にはない香りだな。和木の匂いがする」

「今日のBGMはメタルですか。……どうしたんですか」

「たまには気分を変えてみようと思って」


このヒトは奏者であるが、わずかに自分の体からも音楽を発している。

以前は、インドの神様の宮殿に流れるような雅な感じの曲調だったが、この国で扱われている音楽のジャンルが多すぎて、いろいろ覚えた結果、ジャンル問わない有線放送みたいになっている。


「あとは見知らぬ女性の香りもするが……」

「あっ、オレ今日顔出ししに来ただけなんですよ。オレも忍にもらったやつあるからよかったらこれもどうぞ!」

「……折り紙……?」

「文香って言って、手紙と一緒に入れるらしいですよ。遊びで作ってたやつみたいですけど!」

「この国の人間は手紙などそう書かなくなったろう。しかし、風流なことだ」


ご満悦。

ふんふんと、ふたつの香りをきき比べながらガンダルヴァ様は、わずかに変わった風向きの先にそれらをかざす。

……風下にいる本須賀のことはこれでわかるまい。


「何も変わりないようで。また来ます」

「土産も持たさずすまんな」


2件目の訪問終了。


「はーーー」


車中にてため息。


「……なかなか個性的な神様ですね」

「神様も色々いるけど、ガンダルヴァ様は特に変わった部類だから……」

「香りを食べる、というのが珍しいです」


そうだな、多分あれ、女が好きとかじゃなくて女の匂いが好きなんじゃないだろうか。よくわからないけど。

どっちにしてもオレたち人間には全く分からないレベルの嗅覚だ。


それから、おなじみの神様たちの邸宅を回る。


お酒の神、チャンドラ様。

大地母神、アシェラト様。

韋駄天こと、スカンダ様。


……昼を境にしても、その後は本須賀は黙ったままだった。

助けて、運転手さん。


「近江さん」

「はい!」


緊張感からか、突然の呼びかけになぜか敬語で反応してしまうオレ。

何言われるんだろう。

いや、謝罪とかしてくれたけど一度手痛くやられると人間はすんなりと相手を受け入れがたくなるのが普通だ。


「……なんでそんなに緊張してるんです?」

「あ、いや。もうすぐ巡回も終わりなんだけどさ」

「答えになってないですよ」


次の神様の邸宅に早く着いてくれ。


「聞いてもいいですか?」

「答えられることなら」

「前回、結界のないところに天使が襲ってきたでしょう?」


やばい。

これ何か、重要なこと聞かれる。

オレは無表情になれるほど鉄面皮ではない。


顔を逸らして窓の外を見る。できるだけさりげなく。


「うん、何?」

「その時、近江さんと忍さんもいたんですよね、その現場に」


ほら来た。

なに聞かれるんだ、オレーーーー……


「あぁ、たまたま外交の仕事の移動中で……」

「私たち特殊部隊が着く前にあらかた片付いていたようですけど」


思い出した。

隠そうとするからおかしくなるんだ。

話してしまえ、オレ。


「神魔が妙に強かったようですけど、何かご存じですか」


不自然なまでに窓の外を見ていたオレは、それで本須賀の方を振り返った。


「あぁ、パイモンさんが助けてくれたから」

「パイモンさん?」

「観光の神魔だったんだけど、忍と森さんが道?を尋ねられて一日案内してやったんだって。で、真っ先に参戦してくれて……魔王様だからすっごい強かった」


嘘は言ってない。全く本当のことだし、言ってしまうとこれは楽だ。


忍がよくやっている「嘘はつかないが、本当のことも言わない」というのはこのことかと身をもって実感する。

長く持ちそうにないけど。


「魔王……そんなヒトが観光に来ていたんですか」

「ベレト様の時と違って、本当にお忍びで一人で。よくわからないことばっかみたいだったから、助けてもらったお礼、っていう感じっぽかったかな」

「よくわからないって、そういうところは外国人と一緒なんですね」


乗り切った……!


「どうも隊長クラスに緘口令(かんこうれい)が如かれているようなので、近江さんなら何か知っていると思ったんですが……」

「あのさ」


オレは率直に思ったことを口にする。


「緘口令がしかれてるなら、それ、他人経由で詮索するのよくないんじゃないか?」


なぜかこの時は、いままでの緊張感はなかった。

ただあったのは、またこいつ悪い癖出てるよ、程度の呆れだった。


「確かにそうですね」


自分の癖というのは気づかないものだ。

初めてそのことに気付いたように本須賀は、ちょっとあっけにとられたような顔でオレを見た。


いや、オレにそんなこと言われるなんて思ってなかっただけか?


「すみません、私、情報は仕入れておかないと不利になる気がしてつい、追及してしまい」

「まぁわからないでもないけどさ、情報集めたがるのは忍がそうだし。有利とか不利とかはあんま関係ないみたいだけど」

「忍さんはあまり固執しないタイプですからね」


そうだな、お前のやったこと、ふつうもっと固執されてしかるべきだもんな。

周りの方がどれだけドン引きしたと思ってんだ。


「私も、あまり固執しないタイプなんです」


そこで初めて本須賀はにっこりと笑った。

……見た目はかわいいが、なぜか悪寒が走った。


固執してるよね?

思いっきりしてるよね?


自分がやったことだけだよね、固執しないその対象!!


「そ、そう」

「あ、ほら次着きましたよ。ここは……」

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