11.秋葉くんと本須賀葉月(1)

……今日の護衛、変えてくれませんか。



一発目の感想は「それ」だった。

今日は、あいさつ回り程度の仕事なのだけれど行く先は多い。

人知を超えた神魔へのあいさつ回り。


はた目から見たら確かに、何か起こっても、不思議ではない。

だから大抵、護衛の人がついてくれる。


けど……

けどな。


「近江さん、最初はどこに行かれるんですか」


本日の特殊部隊からの護衛は、本須賀葉月だったーーー


確かに指名もしてないけども。

誰が来るかもわからない状態だったけども。


オレ、今日一日もつの?


素直な感想だ。


「あ、あぁ。今日はお台場から海浜方面南に回って、港区で終了の予定」

「……随分、多いですね」


本須賀に改めて訪問先のリストを見せる。

訪問先は極秘であることもあり、護衛担当に行き先が伝わっているかどうかはケースバイケースだ。


本須賀には伝わっていないようだった。


「各所一時間滞在としても移動時間含めて丸一日ですか」


オレ、丸一日もつの?


今日は、忍はいない。例によってダンタリオンのところだし指輪の件についてはまだ秘匿事項なのであそこには、司さん以外の護衛はつかない。

そして、今日は「ただのあいさつ回り」なので、情報局からの書記官もおらず。


「……」

「大丈夫ですか、顔色、悪いですよ」

「車に酔うかもしれない。もし酔ったらオレを置いていってくれ」


むしろそうなってください。


仕事は仕事だが、本須賀は一連の行動からオレの中では「最悪の女」に分類されている。

陰険なやり口をする女はそもそもたちの悪い部類だが、オレの人生で出会った中で、ハイジャンプで最高記録をぶっちぎり更新した女だ。


……この仕事してて、オレの心臓の鼓動回数割と消費することあったけど、今日ずっとドキドキしてるわ。


もちろんいい意味ではない。


「置いてどこに行けっていうんですか。ほら、一件目はアパーム様の……古参で近江さんとは仲がいい神様でしょう?」

「仲いいっていうか、うん、まぁ、悪くはないけど」


そして到着。異国の女神さまが迎えに来てくれた。


「秋葉ちゃん、久しぶりね。虹の下水道館以来かしら?」

「アパーム様、前さん付けだったのになんでちゃん付けになってるんです? オレ、昇格でもしましたか」

「そうね、周りの神魔のヒトたちと話す機会が増えたらつい」


にっこりと微笑む、水の神様らしく嫌味のないさらりとしたきれいな笑顔だ。

……心が洗われる。


「虹の下水道館……?」

「そういう疑問は隊長にでも聞いてくれる? 一緒に行ったの京悟さんだけど南さんも多分、知ってる」

「失礼しました。横口を入れてしまい」


無表情、能面。に、見える。

オレはついいつもの通り、反射的に返したつもりだったが、まるで意地悪をしたような心つまされる気分になる。


……謝ったのは、アパーム様に対してなのだろうけど。


やりづらくて本須賀の方をまともに見られない。


「女の子の護衛は初めてね。お茶に誘いたいところだけれど……」

「えぇ、今日はお顔を見に来ただけなので。わざわざ出迎えてもらって、すみません」

「違うのよ。今日はいい天気だから、勝手に散歩に出ていただけなの。秋葉ちゃんならかしこまって待っていなくてもいいかなって」


うふふ、と花を飛ばして笑う。

その向こうからアパーム様とは同郷のアグニ神が顔を出した。


「アグニ様も今日はご在邸ですか」

「今日はそなたが来るというから顔を見に」

「えぇっわざわざですか」


恐縮しまくる。

アグニ様は大使ではないが、アパーム様の屋敷に住まってさりげなくこの周辺の治安をよくしてくれている火の神様だ。


「秋葉ちゃんだってわざわざ顔を出しに来てくれてるじゃない」

「……本当に顔出しに来ただけなんですけど」

「最近は色々と物騒だったから、どうしているかと思ったが元気そうで何よりだ」


本当に、善意的なカミサマたちだよな。

立ち話も何だったが、本人たちが全然気にしていないので、そこから次に向かう。


「……」


本須賀は黙りっぱなしだ。怖い。


のだが、本来護衛だから会話につっこんできていい立場というわけでもない。

司さんも警護中はそうして黙しているし、ダンタリオンのところでも必要なければそれなりに口を出してはこない。


こちらから話しかけることの方が多いわけで。


しかし、人間にはこの沈黙が全く気にならない人と、ものすごく痛い人がいる。


「本須賀……」

「葉月でいいです」

「葉月さん、2件目」

「ガンダルヴァ様ですか。私は姿を見かけたこともありません」


ガンダルヴァ様もインド系の神様。

インドの神様がそれなりに多いのは、宗教上の勢力図の関係で、滞在神魔の割合も世界の宗教人口に比例している。


これは各国外国人が観光に来ていた頃と同じ理屈だろう。


「どういう神様なんですか?」


逆に話しかけられたことにほっとする。これはただの普通の会話だ。

なまじはじめましてが、忍の頬をぶっ叩いた時だからゴリラ並みの握力のイメージが強いが、ゴリラだったら顔が吹っ飛んでいたと忍は言うので、そこは思い出さなかったことにする。


「元は宮殿で音楽を奏でる役を持った神様だって。角を生やした男のヒトで、翼と下半身は鳥らしいんだけどこの国ではふつうに赤い肌の男のヒトっぽい」

「注意すべき点はありますか?」

「うーん、酒も肉も食べない……攻撃的なわけでもない……特には……いや」


オレは思い出した。割と難所かもしれない。


「……女好きだから気をつけろ」

「私は近江さんの護衛なんですが」

「来ない方がいいかもしれない。それかこっそり影で見ててくれないか」


そうだ。あのヒトは草食どころか香食だし、害なさそうだけどそれ、忍も最初嫌がってたところだった。

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