秋葉くんと本須賀葉月(3)


* * *



そして、オレにとっては山あり谷ありの戦慄の一日が終わる。

本須賀はいつも通りだ。

話すときは無表情か自信満々の笑顔を見せ、警護モードでは能面。


というか、ただ突っ立っているだけの任務がつまらないのだと言った。


……そのつまらない中から情報を得てるのが、司さんだったり忍だったりするんだけどな。



コピーお願い、と言われたら大抵の人間は「つまらない仕事」と思うらしい。

が、忍はお願いされたコピーの情報を読み込んで、知識の一部にするタイプ。


特に上の人間から「お願い」される「コピー」には自分の職務範囲を超えた情報も多いので、決してつまらないとは思っていないのがポイントだ。


情報が欲しいと言いながら詰めが甘いタイプだな。


……詰めが厳しいタイプしか周りにいないからそう思うだけで、それが普通なことはよくわかっている。


「あー……疲れた」

「疲れたって近江さんほとんど神魔のヒトたちにかわいがられてただけじゃないですか」

「……」


そっちじゃねーよ、主に疲れたのは。


「土産もらったの、いる?」

「そういうのもらうの公務員てアウトじゃないんですか」


意外とルールに厳しいところあるのな。


しかし人間相手だと賄賂になることもあるが、神魔のヒトたちは下出に出る理由はないので、これは純然たる善意。


……断りづらいものである。


「アウトなのは賄賂になるからだろ? そんなの神魔から人間相手に必要なわけないと思うけど」

「……確かにそうですね」


意外と納得するのが早い本須賀。


「じゃあいただきます」

「なんか回った場所に比例して土産が多いから、南さんたちにも分けといてよ」

「わかりました」


一番大きい菓子折りを渡した。

なぜかそれからじっとこっちを見てくる本須賀。


……やめてくれない?


「忍さんが」


なぜかそこで忍の名前が出てきた。


「言ってました。近江さんは神魔のヒトたちにすごく可愛がられていると」


何言ってくれてんの。

かわいがられてるって、そこが情報源なの。


忍、どういうことだ。

というか、そんな話、いつした。


率直に聞いた。


「忍といつ会ったんだ?」

「街で会えばお茶くらい誘いますよ」

「本須賀が!?」

「どういう意味ですか」


そういう意味だよ。


「謝罪もすんなり受け入れてくれたし、私たちの部隊の話も面白がって聞きますし。別に嫌われてはいないと思うんですが」


そういうところ、ほんとにすごいよね!

傷害と侮辱罪やらかしたやつに、すごいよね!

水に流しすぎてないか、それ。


「で、オレが可愛がられてるって……言ったんか、忍が」

「えぇ。自分にはできないことだと」

「?」

「近江さんは神魔の方々の信頼をとても得ている。無条件に親交を深めているのは外交官でもあなたぐらいでしょうね」


……これ、また何か言われるフラグか?


と思ったが、そういうわけでもなさそうだった。


「『始めの接触者』だからではなく、あなただからみんな気を許しているんだと言っていました」

「……あのさ……二人でどういう会話してんの……?」

「私が近江さんは頼りなさ過ぎではと言ったら、忍さんがそう評価を返しただけです」


そうですね、いつも周りに頼ってます。

お世話になってます、司さん、忍さん。


しかし、そんなことを忍が言っていたというのは、ちょっと意外だった。


「ちなみに白上隊長や忍さんが頼られたらほぼ無条件に手を貸すのも、あなただから仕方なくだろうとも言ってました」

「そこはオブラートに包むか、言わなくてもいいところだよね!」

「意外とお人好しなんですね、あのお二人も」


そこで本須賀はくすりと、今まで見せたことのない笑いを小さく浮かべた。

それも、意外だった。


「何も起こらない護衛の任務はつまらないものですが、今日は結構面白かったですよ。近江さんがあちこちの神様にかわいがられ倒されてるのが」

「それほどじゃないんだよ。久しぶりに知り合いに会ったらなんとなく嬉しくなるのは神様でも同じなんだろ」


誰も可愛がられたおされてなどいない。

というかむしろ一番、可愛がられていない神魔の「魔」側をお前は知らないだけだ。


思わずため息を漏らすオレ。


というか、護衛がつまらないとかまたさらりと問題発言したよ、この子。


「他の外交官の護衛経験があればわかりますよ。大体、神様の前で『オレ』とかいう人いないですもん」

「すみません。慣れすぎました」


この辺りは人間の方が気を遣う、とは忍がよく言っているが最近それもわかる。

神魔はその辺、人によっては全く気にしない。


相手がライオンかねずみかの違い程度なんだろう。

ライオンですらも、神魔のヒトたちからみれば、怪我をさせられることもない生き物だ。


「まぁ普通に組織の中では礼儀正しくしてるのも知ってますから……あなたが口調でクレーム入れられたところで私には関係ないですし」

「……」


この子、しゃべりだしたら余計なことしか言わない子だ。


「だったらもういいだろ。はい、みんなよくしてくれます。人知超えた価値観で人間も助けてくれてます。これでこの話はおしまい! ……ていうか、人のいないところで忍にオレに関する質問するな」


ダンタリオンを相手にする並みの口調でオレは投げやりに言った。

本須賀もその辺りは気にしないのか、わかりましたとだけ答えただけだった。



少し歩いて帰りたいと先に車を降りる。

もう夕方だ。


やっとこの妙な緊張感から解放される。


「にゃぁ」


街角で小さな猫が鳴いた。


「猫ですね」

「……なんでお前まで降りてんの?」

「ここからなら歩いて帰った方が早いからです」


まぁ車は別の場所から来てるから、運転手さんにとっても早く帰れていいだろうけどさ。


「猫……好きなのか?」


看板猫よろしく人懐こいその喉元に手を伸ばす本須賀に思わず聞いた。


「いいえ、犬の方が好きです」

「……そう」


なんでかは聞かないよ。

なんか分かる気がするよ。


「犬の方が、人間の言うことを聞くでしょう?」

「……」


聞かないのに答えられた。

猫はまるでその言葉を理解したかのようにきまぐれに、だがすいっと身をかえして路地に消える。


「しつければな」

「そうですね。しつけましょう」


お前を誰かしつけろ。


オレには無理という前提、誰に頼んだらいいのかもわからない状態。


「じゃあ近江さん、お菓子、いただきます。お疲れさまでした」


言葉遣いだけはいつも丁寧だ。本須賀葉月はそういって頭を下げると去っていった。



必要以上に、オレに疲労感を残して。

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